露天風呂の日 その➁

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2025年7月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんの投稿

前稿でご褒美の露天風呂無料利用可の話を出しておきながら、その内容に記載をしないのは「画竜点睛」を欠く感があり、自分自身すっきりしない。

そうなら、個別の宣伝(営業)にならないように、注意して記載してみよう。

湯原温泉の露天風呂の起源ともなった「砂湯」はダムの真下横、その川面と同じ高さにある。湯量が多く、良質なアルカリ性の高い泉質で肌ざわりがなめらか、ぷくぷくと川底から湧き出る温泉からできた天然の大露天風呂「砂湯」は温泉街のシンボルである。これだけでも野趣あふれ、十分魅力ある温泉だ。

更に地元の協力によって24時間無料で開放されているので、いつでも大自然の中で天然温泉が満喫出来る。

全国露天風呂番付「西の横綱」、美人の湯・子宝の湯・長寿の湯という、温度の異なる湯舟で楽しむことが出来るから、週末は老若男女問わずの入湯客、来客万来である。

しかし、唯一の難点は、ダムの真下の川面と同じ高さの露天風呂。大幅な雨量が予想される場合、ダムの本来の機能、また宿命でもある強制放流がなされ、その度に、露天風呂は土砂に洗われ、埋もれ、脱衣所は倒壊する。

(最近はワイヤーで脱衣場自体を吊り上げる方式にはなっている)

しかし、何十年かに一回の災害、式年遷宮ではないが、その度毎に町の人の寄進、奉仕活動で再建され続け、今の、そして今日の「砂湯」がある。

その砂湯の対岸と少し高台にあるのが「数景」という宿である。

吊り橋を渡った先にある宿は落ち着いている。内湯、サウナ、サウナ上がりの水湯は古びた檜のものである。長い年月の間にヒノキの木材の角が取れ、香りも抑え気味なのがまた趣があるといえよう。

(縁起のいい数字は「八」とも言われる)

露天風呂は先の砂湯を眼下に眺めながら入浴できる。また、寝ながら入湯できるタイル敷きのソファーも用意されているので、川風にあたりながら長湯を楽しむことも出来る。ここまで情景が整うと普通の湯でも効用あり!といえる。

偶々何度か宿泊をしたことがあったので、その良さは既に知っていた。

(会社の用務や地元の行事で利用、自らの財布のがま口ではほぼない)

料理の良し悪しなど評する筆力がないので、記載はしない。しかし、世間一般では、令和の米騒動、備蓄米の流通等々お米の話題に事欠かない昨今だから、お米については少し案内をしよう。朝は宿入り口にある竈で薪をくべて、釜炊きのご飯が供される。そして、ガス釜や電気釜ではもう味わえなくなっている「お焦げ」を盛り付けてくれる。

昭和30年代の生まれの自分でさえも、土間にあった自宅の竈から炊き上げられた釜炊きご飯、そしてお焦げ、今は亡き母がそっとよそってくれた茶碗一杯のおいしさの郷愁を誘う。

折角の露天風呂の日、露天風呂の渡り鳥にも挑戦をしてみた。

次は行ったことがない宿へ一目散。湯めぐりの宿「花筏」。

何やら壺湯が売りの宿である。

(筏等は’泉’の力でまた変わった動きをする)

コロナ禍の影響で、温泉にも足が遠退いていたここ数年。。。ソーシャルディスタンスなどと言った言葉もむしろ懐かしさすらある。

壺湯は個人個人の空間が一人に一人の壺の中にある。締め切り時間間際に駆け込んだので、ホテルの了解も取って写真を撮ってみた。

檜の角壺、陶器のような丸壺、昔風に言えば、少し深い五右衛門風呂に近いもの、石の角風呂(親子二人用か?)、一人用の石の壺。

それぞれに温度差、また滑り気(ぬめりけ)に差があるようだ。子供の頃、肩までつかるんだよとはよく言われた記憶がある。大人になると少しひょうげる(ふざける)もあって、頭までつかってみたくなってしまう。

すると意外な発見があった。陶器のような丸壺!源泉の注ぎ口の水量にもよるのだが、少量の湯量の時、注いだ湯が丸壺中で微妙な反響をかもし出す。

箱庭などに壺を埋めてその底に水滴を落とすと少し金属的な反響を催す水琴窟のくすんだ音に似ているではないか!  

暫し、大人のひょうげることの楽しみ、水琴窟の壺風呂に抱かれながらの露天風呂を楽しんだ。

碧深い山、梅雨時期だというのに澄み渡る青空を眼前にする。

長い廂のもとに設計されている6つの壺風呂は微妙なロケーションにある。

青空とまともに受ける青い夏、少し日陰になる青い秋、全くの日陰で、暮れゆく晩秋をも彷彿させる奥深い壺の配置。。。 還暦半ばになると季節の移り変わりにさえ、何故かこころが震える。

同年代の人が後から入ってきた。将に裸の付き合いの一期一会。

「良いイベントですね」「コロナの影響があって、何年か空白の期間があるみたいですよ」「ここの壺湯は様々な湯あたりがあって、とても面白い」とも語りかけてくる。

冒頭に書いた「数景」と言う宿について、すこしコメントすると「何年前に利用されました?お値段高かったでしょう?」とくる。

そして、最後の締めの言葉にまたこころが震えた。「あそこの宿はブルジョワが 泊まる宿ですよね」とくる。

「ブルジョワ」!! もう、田舎に引き込んでから、久しく耳にすることがない、

「ブルジョワ」と言う言葉、その響き!

つい、「万国のプロレタリアよ、団結せよ!」と返したくなる一期一会であった。

(岡山B)

八景
八景
花泉
花泉

コメントを残す