ノーベル賞考 ①イノベーションと新政権

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2025年10月 トピックス】

◆2025年のノーベル経済学賞

米・モキイア教授に並び、仏・アギヨン教授と米・ホーウィット教授も受賞した。

アギヨン、ホーウィット両教授の功績は、経済成長をもたらす要因としての創造的破壊のプロセスを定式化したことだ。

ここで、創造と破壊を生み出す主体の行動とそれを取り巻く制度・環境が重要であることが改めて示された。

ある経済学者は、「アギヨン=ホーウィット理論に照らせば、日本のこれまでの「失われた30年」の原因は、創造の少なさ、破壊の遅れ、成長の浅さ、制度の硬直による」としている。

これを言い換えると、日本では資本主義に必須な「参入と退出」がダイナミックな形で起きておらず、企業も、また行政も、結果的にそうしたダイナミズムを推進することなく、あるいは意図的にそうしたダイナミズムを削ぐような行動を取ってきたと読み替えることもできる。

◆成功企業が陥る罠

イノベーションにより大きな成功を収め、トップ企業に躍り出た企業はどのような行動をとるか。

イノベーションを続けることに消極的になる。

それは当たり前で、革新に次ぐ革新を続けることは、並外れた気力・体力が必要なことは差し置いても、リスキーでもあるからだ。

イノベーションでトップに躍り出た企業はリスクを冒さなくても十分な収益が得られるため、革新的な行動はとる必要がない。

そうした企業の経営姿勢は保守的となり、シュンペータはこうした企業のトップを「経営者」とは呼んでも、「起(企)業家=アントレプレナー」とは呼ばなかった。

また、企業の大企業化はイノベーションの敵とまで述べている。

◆「倒産」、「撤退」のとらえ方

教科書的には生産性の低い企業は退出・撤退し生産性の高い企業に取って代わられることで、創造的破壊が生じ、資本主義のダイナミズムが作動する。

しかし日本では倒産を「恥」、撤退を「失敗」と捉えがちだ。

創造的破壊・・・

こうした退出、具体的には倒産、破産、撤退はシュンペータのいう「破壊」である。

この後、新たな参入者が市場を席巻し、一段次元の高い経済構造が生み出されることが望ましい。

また、一度敗者となった者も、新たな参入者に刺激されて新たな挑戦を行うこともあるだろう。

こうした高い生産性を具現化する新たな参入者、また、倒産・破産企業においても、マーケットへの再挑戦者が起業家=アントレプレナーだ。

こうした企業行動は、一般的に年配者にとって気力・体力的に厳しく、若手でなければ務まらないといえる。

また、こうした若き起業家に仕える若手の人材も、こうした起業家の下で相当鍛えられるのだろう。

◆政府の役割

アギヨンは「国家は投資家であり、保険者で寝ければならない」としている。

国家は創造のためにリスクをとる投資家(Investor)であり、保険者(Insurer)ということだ。

こうした理想的な政府の役割を果たしている例として北欧諸国、中でもデンマークの例を挙げている。

ご承知のように、IMD国際競争力ランキングでも、北欧諸国が高順位になっている。

行政としては個人個人がスキルを高める支援し、挑戦するハードルを低くし、仮にトライして失敗した者がいても、決定的に這い上がれないようになるリスクを軽減するため「セーフティーネット」を張る。

こうしたことが国の逞しい成長をもたらすと、ここ30年程わが国でも言われ続けてきたが、どうもこうした方向への顕著な動きが見えなかった。

新政権は、こうした視点をどう取り込んでくれるのだろうか。

(学23期kz)

仏 フィリップ・アギヨン教授(ノーベル財団HP)
米 ピーター・ホーウィット教授(ノーベル財団HP)

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