山口大学経済学部同窓会
鳳陽会東京支部
【2026年1月 トピックス】
岡山支部 岡山Bさんからの投稿
今話題の映画「国宝」を先日観ました。
人間がもつ「業」を見事に描いています。
落語家立川談志が語った「業(ごう)」とは、「人間とは、業を背負った どうしようもない存在だが、それを否定せず肯定する」。そして、「落語とは、人間の業の肯定である」 という。
映画「国宝」の中で展開される歌舞伎役者のそれぞれの「業」。
それについてのストーリは実映を楽しんでいただく事として、そこに提示された問題を追ってみよう。
「 」内は台詞
・氏より育ち・・・問題 (宗家の血なのか?養子の芸なのか?)
容姿端麗で女形を演じる養子の背中に、任侠であった実父にもあった刺青がある。
ミミズクがニシキヘビを鋭い爪でつかむ墨。
養子「生まれながらの役者の子や、(あんた(宗嫡)は)”血”が守ってくれる。」
宗嫡「稽古休んだことないやろ。(あんた(養子)は)”芸”が守ってくれる。」
・歌舞伎役者の芸への追求(飽くなき芸への日々の精進)
養子「日本一の歌舞伎役者にしてくださいと悪魔と取引してたんや、日本一にしてくれるんやったら他はなんもいらんと・・・」
・人間国宝、名代継承問題(大きな伝統的な名代につきたい願望)
宗家「この世界は親がないのは首がないのと同じや。
(あんたには宗家ではない)けど本当の “芸” は刀や鉄砲よりも強い」
宗家の名代を継承させたのは稽古の芸、養子を選ぶ、しかし、今生の別れとなった際に
口にしたのは”宗嫡の名”…
・そして、宗家嫡子と養子との芸を通じての友情
養子「生まれながらの役者の子や、”血”が守ってくれる。」
宗嫡「稽古休んだことないやろ。”芸”が守ってくれる」
舞台の袖で、互いのおでこに指ピンをして、二人にとって初の大舞台に臨む。
宗嫡「泥棒と一緒や。人のもん勝手に取って。いきってるんちゃうぞ!」
とっかかりながら、「…と怒った方がおもろいやろ」
養子「結局、歌舞伎は血や。芸なんか関係あるか。血筋や!」
「…てな感じで怒った方がおもろいんやろうな」」
と
芸に対し火花を散らすが、互いの友情がそれぞれの存在を敬う。
全体を追ってみると、見事な対句の手法で台詞を詰めている。
類似かその反対か、その2つの句を同じような形式、同じようなリズムで並べ、印象を強める
修辞技法を見事に使っている。(漢文に用いられる手法)
そして、後になって気づく映画の中には何層にも仕掛けられた仕掛けがある。少し穿った見方(本質をついた見方(正)、ひねくれた見方(誤用として)の両方の意)かもしれませんが在日韓国人3世と言われている監督だからこそ描けたのかもしれない。
(韓国の”家”の概念、少し誇張すると”国”への概念)歌舞伎界を題材に通してではあるが、我々に様々な”業”について問うているのかも知れません。
あっと言う間の三時間、観客を決して飽きさせません。
蛇足)取引先出張時、和歌山の業者さんが日高町にある道成寺をご案内してくださった。もとより安珍清姫の悲恋物語など知らない。能楽や歌舞伎の演目「道成寺もの」に出会うことになるのはずっと後日となる。しかし、その導きはあの出張にあった。
(岡山B)

