鳳陽会東京支部
【2026年4月トピックス】
岡山支部 岡山Bさんからの投稿
◆塩塚支部長が3月21日に山口で急逝、その報を「鳳陽会東京支部」のホームページで知った。個人的には3月19日にお互いの近況を取り合っていた。
そもそも塩塚さん(敬称略)は大学23期卒、筆者との間では10年位の年齢差のある大先輩。通常で言えば知る由もない。また、知り合える関係性もない。
唯一知るとしても都会で大活躍されている大人であるということだ。
知り合うきっかけは、鳳陽会岡山支部の運営についてご助言を戴いたことが契機だ。
様々な社会活動に大きく制約、制限をかけたのはコロナ禍。2019年末中国での感染騒動が発生し、日本では2020年4月7日(第1回緊急事態宣言)・・・2023年5月8日(5類感染症へ移行、WHOが緊急事態終了)をもって、一応の終結。
◆鳳陽会各支部においても、「3つの密」!の壁
2020年(令和2年)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大初期、首相官邸・厚生労働省が掲げた標語。「3つの密」:密閉・密集・密接を指し、集団感染防止の為、これらを避けるように呼びかけられた。
岡山支部もその流れの中で2020年、21年は総会開催を諦めないといけなかった。
開催のタイミングはいつか?模索をしていたと言う状況であった。再開に向けて、鳳陽会本部に相談したところ、鳳陽会東京支部と大阪支部をご紹介頂いた。
当時鳳陽会東京支部事務局長であった塩塚さんから早々に東京支部での再開の取組みについての方向性を開示戴いた。そして、東京支部総会開催後、翌々日には留意事項についての9の項目に整理され、教授頂いた。
(その席で奇しくも塩塚さんは鳳陽会東京支部の支部長に推挙され、ご就任された。)
2022年11月に開催されている山大岡山支部連合同窓会の開催に当たって、コロナ対策の大きな指針となった。(連合同窓会は3年に一度の間隔で開催)
幹事事務局となっていた霜仁会(医学部)からも高い評価を頂いた。医学部の知見と塩塚さんから整理頂いた留意事項が功を奏し成功裏に挙行することが出来た。
困難の中での成功が昨年開催の第9回の連合同窓会の盛会にも繋がり、将に学部を超えた(工学部、医学部、農学部、経済学部)交流が出来るようになっている。
◆広島の総会での初見。(2024年)
支部長会議が終了して、会議室から出てこられたら、真っ先に歩んでこられ、「君が岡 のBくんかい? 遠くから見ても一見して分かったんだよ」と満面の笑みと大きな掌で包んで下さった。
鳳陽会総会開催支部として当たられた東京での総会(2025年)。
既にメールで、ラインで「旧知の仲」とまでお言葉かけを頂いていた。こちらからご挨拶に出向くと「よく来てくれた!しっかり楽しみましょう!」とあの少し甲高い、元気な声でお声掛け頂いた。
ほぼお開きに近い段階で塩塚さんと二人で杯を重ねた。
短い間、そして今にして思えば大変貴重な瞬間であった。
猪口であったが二杯三杯と、互いの杯を返杯しながら・・・
◆“塩塚編集委員”
広島での初見依頼、個人的にメールやラインで互いの近況を連絡取り合うようになった。
そのやりとりの中の一部、”塩塚編集委員”により再編集戴いたものを鳳陽会東京支部のホームページ「トピックス」に掲載してみないか?というお誘いを受けた。
鳳陽会東京支部のホームページは本来、東京支部会員さんのものでは?
「いや、そんな事はない!鳳陽会会員のみんなに開かれたもので良いんだ。」と。
一地方の鳳陽会会員と東京支部長との文字を通しての交流が深まった。
アクセス数も100台から始まったものが300台、500台、記録を更新するごと連絡を戴いた。そして、瞬間風速5000件を超えた時には嬉々として連絡を戴いた。
七十二候を大切にされていた塩塚さん。時にはご自宅の食卓にご準備された祝宴の席に招かれたようなアングルでの写真も添付されていた。そして、酒豪であった塩塚さんに相応しい蛇の目猪口が写り込んでいる。
塩塚さんは先に書いた大きな大人(たいじん)であった。
「人の上に立って、周りにいい影響を与える人を意味し、徳の高い立派な人、度量のある成徳の人を指す。」と書にはある。
”塩塚保支部長追悼「その日」”の記にもある、将にその人であった。
そして、周りを巻き込んで、大きな渦、波を引き起こす。風がやんだ後もその功は残り、周期の長くゆったりとした波をももたらす、鳳陽会にとって「うねりの人」であった。
(塩塚事務局長の前任者髙木先輩(19期)、後継者現事務局長葛見先輩(23期)といった方々とも知己を得る機会を頂いた)
緑丘会、瓊林会、富丘会に、日本寮歌祭に・・・各々にとっても「うねりの人」
個人的にも、鳳陽会岡山支部の活動の支援においても、大きな存在を失うこととなった。
(岡山B)
