インターネットが連れてきたもの

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2023年 10月トピックス】

インターネットで大変便利になった最近の世の中。

しかし、知らず知らずに、恐ろしいことにもなってきたことに留意する必要がある。

特にインターネットの検索機能、これが問題だ。

これを巡っては以下のような現象が生ずることが判ってきた。

解説記事をみると、インターンネット特有の厄介な事象が生じているとの説明が載っている。

【エコーチェンバー現象】

ネットの掲示板やSNSなど自分と似た価値観を持つ者集まる閉鎖的な空間で同種のコミュニケーションが山彦のように繰り返され、自分の意見が増幅・強化されること。

【フィルターバブル】

過去のユーザー情報に基づき各人に最適化されたコンテンツが表示されることで、知らず知らずのうちに、似たような情報や価値観に囲まれてしまい、他の価値観から隔絶された状況になること。

このほかにも個人の一般的な心理的な性癖として、「確証バイアス」なるものもある。

【確証バイアス】

自分の願望や信念を裏付ける情報を重視・選択し、これに反する情報を軽視・排除する心的傾向。

なるほど、知らず知らずのうちに恐ろしいことになることがわかる。

これらは個人の意見、好み、そして歪みまでも肯定し、そうした方向性を是正するどころか、個人の持っていているこうした意見や立場を補強する方向に作用する。

これが洋の東西を問わず、バランスや公平さを欠いた個人の見解を固めることにより、他者との溝を深め、社会を分断する方向に作用するのではないか。

いや、既に現在そうした方向に作用しているのではないか。

どのような立場に置かれた個人であれ、インターネットが強い味方になり、自分の立場を超えて融和へ向かう機会さえ失わせているのかもしれない。

特に、いったん社会から疎外れた者たちの価値観に響くものを提供し、彼らの立場に塩を送る機能を果たしている可能性がある。

親の言うことを聞かなくても良いではないか。

学校に行かなくてもようではないか。

就職しないでもよいではないか。

親のすねをかじり続けてもよいではないか。

(子離れしない親も喜ぶし)

結婚しなくても良いではないか。

子どもを持たなき手も良いではないか。

・・・ひいては

自分の意見を修正する必要はないではないか・・・

こうしたことになりかねない。

こうした意識の変化は日本だけの現象ではない。

世界各地で起きていると思われる。

しかも無意識に。

アジアでも、ヨーロッパでも、そして民主主義の総本山アメリカでも然り。

こうした中で主義の選択、政治の選択になれば、混沌を極めることになりはしないか。

ただし、こうしたインターネットが提供する個人にとって心地よいクセと一緒に過ごしていると、意見が一定の方向に振れ出せば、一斉に同じ方向になびき出すことになり、軌道修正が難しいことになりはしないか。

こうならないようにするにはどうすべきか。

自分と違う意見を聞けという意見がある。

しかし、これは難しい。手っ取り早く自分と違う見解を示してくれるのはwebであり、そうした見解に対する個人好みの見解を示してくれるのもwebであるからだ。

中二階的な切り札が生成型AIというのはどうだろう。

半分冗談、半分真面目にそう思う。

問いの発し方に工夫すれば、個人の見方の歪みや偏りを、誰に遠慮することもなくストレートに伝えてくれるかもしれない。

(学23期kz)

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