山口大学経済学部同窓会
鳳陽会東京支部
【2025年1月 トピックス】
岡山支部からの投稿
(岡山 B)
◆日本の文房具は世界に誇れる産業の一つと言われている。鉛筆、ボールペン、万年筆、修正液、消しゴム…
1月の中旬の頃と言うと、一昔前の80年代は卒論提出の時期でもあった。食卓、遊技盤、そして、時に勉強机となった電気こたつに褞袍(どてら)を着て、座布団代わりにもなっていた万年床を座布団として。(笑)
◆総文字数の指定があり、必要条件として、八千字?以上というのもあった。論文の内容の稚拙を問うより、先ずは文字数を!と何度となく数え直したのが懐かしく思い出される。
卒論の様式、形式は、大学指定の原稿用紙(大学名入り)に万年筆で書いた論文の形をとる事になっていた。そして、黒表紙に卒論題目、学籍番号、所属学科、氏名を記し、ページの通し番号をふり、最後に黒の綴じ紐を締め上げれば完成となる。
今の様に、パソコンのソフトで書いたり、ワープロで書くのとは違い個性溢れる悪筆、乱文…人によっては美文字で仕上げた人もいるかも知れない。(学生から提出された卒論を受け、読み、また読み直し、足らざる記述も補足しながら読まれたであろうゼミの指導教官には今もって”感謝”しかない❢)
◆万年筆書きという事は、修正をする時も手間がかかった。”ミスノン”っていう赤と青の二種類の液体をもって、修正をした。今の修正液の様に、一回の白塗りで修正が出来たわけではなかった。
これだけ卒論のほんのさわりの部分を書いただけでも事務用品は飛躍的に進化している。
蛇足)
講義のノートも明治時代の様に万年筆で書かれていたものは少数であろう。
比較的に出席率が良く、整理され、纏まった記述をされていたノートは超人気者になった。試験前になると自分の様な不勉強、出席がほぼない科目にとっては、その感、なお一層!そのコピーは至宝となった。
基本は鉛筆(シャープペン)仕上げの単色のノートさえ、神の授かりものの様に有り難かった。
今であれば、重要な個所は色分けし、太文字、文字加工も容易にされているだろう。
そもそも、一昔前には、教官が黒板一面に板書したり、演台で読み上げ、説かれる文書を学生が文字起こしをしていた。
今は教師の方で事前に資料を用意され、パソコンのデータとして、または配布物として準備されているだろう。
◆北に一星あり!と言われる小樽商科大学、その図書館には商大卒の卒論は開学以来ずっ〜と保管されている。
という事は、小林多喜二の卒論に、伊藤整の卒論に、少し距離は置きながら、保管される運命になる。
山口卒で良かったことの一つは図書館への卒論保管を避けれている事がある…と、ふと一声漏らしたくなる。
嗚呼…時代は静かに流れていく。
(岡山 B)