語学の極意?

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆”マッサン”の再放送が始まる。余市にあるウイスキーメーカー創設、マッサンとエディさんの一代記だ。 
マッサンの妻役がエディさん。

マッサンがスコットランドへウイスキー研究の為に留学、そこでエディさんに出逢い、そして来日し、日本で生活する。

◆日本語がもとより喋れる必要はない。しかし、番組が進んでいく中では、科白としての日本語でなく、拙い、そして辿々しいながら”日常会話”としての日本語が要求されてくる。

日本語が全く喋れなかったエディさん。朝一番の「おはようございます」は「オハイオでポテトが育つ」と言う音に置き換えて覚えたと言う。
40数年前、「掘った芋、いじくるな」と言うアイスクリームの商品名があった。「what time is it now?」の音を日本語風に置き換えるとそうなると言われていた。少し早口で10回位、取り敢えず唱えると、もう日本人による和製英語から卒業し、最後にはそれらしいスピード感ある”英語”に聞こえるかも知れない。
因みに「オハイオでポテトが育つ」を10回早口で言っても、自分の耳では「おはようございます」には遠い様だ…(笑)
しかし”賽は投げられた”…もう川を渡るしかない、事は始まったのだ。

エディさん役を演じた女優さんが言う。”あの1年は100年分を生きた感じがする”と…

◆外国語の極意はシャワーの様にその国の言葉を浴びる(中途半端に周りに同国人が居ないのが重要)、また恋人がその国の人にたまたま出来る、そして食事で言うと、何より自分の食べたいものを自分が食べたいと相手に伝えたいと言う”必要の母”が舞い降りてくると世界は一変するとも聞く。

そして、外国語が自由に扱える水準に達する頃にはその外国語で会話をしている姿の夢さえ見ると聞く。(全くの未体験ゾーンなのでその真偽は定かではない) 

◆同窓の元商社マンがある事を教えてくれた。もとより商社マンだから、英語は出来て当たり前なのかも知れない。(この世間の一般的常識の為にも血の滲む努力をされているのだろう)
彼はもう一カ国語スペイン語も出来るようになったと言う。

どうして、出来る様になったと?尋ねると彼曰く、「ある国で商売上は勿論、自らの命や権利を守る為には語学習得は不可欠な国がある。命をかけてみろ!(命をかける環境に置かれてみろ!)。言葉は必ず身につく」と…

先のエディさんも”1年で100年生きた”のだ。

◆バブル期、メーカーの人材と言えども片言の英語でなく、流暢な英語を求められる時代があった。
時代はグローバルになった。今は足元もしっかりと言う事でグローバルとローカルを併せ持つ”グローカル”と言う言葉すらある。
日本語の世界に限って言うと”所謂共通語と地方の訛り言葉”を自由自在に扱う事になるかも知れない。(実は東京の人と言っても、共通語の日本語と東京の人が使う日本語とは違う)
地球人と日本人、その言葉は一般的に使用されている共通語と癖の強い訛りとなるかも…

しかし、基礎は癖の強い訛りにある。

◆小学校時代、副読本として使ったのが「にほんご」。
日本語教育に熱心だった先生が教えてくださった、時枝文法に基づく「にほんご」。
「象の鼻『は』長い」の二重括弧の『は-が-も』を大切にする。
中学生になって英語の授業の時も、文法の理解の大きな基礎となっていた。
やはり、語学の極意は自国の言葉にあるのではないか?と…
四捨五入するともうすぐ”アラ70″になる地方訛りは思う。(ただ惜しむらくは、地方の訛りは強いままだ)

(岡山B)

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