「ジュグラー波」と家電の寿命 ②我が家のジュグラー波

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆洗濯機にみるジュグラー波

我が家の洗濯機の一台目は、独身の時使用していた洗濯機。

洗濯槽はきっと5kg位のものであった。上さんも自分も名より実を取るタイプだったのか、花嫁道具として一式新たに揃えてと言う選択はなかった。使えるものは使おうという考えで一致していた。既に洗濯槽と脱水層が分かれた二層式のものであった。

1950年代、女性を家事から解放した電気機器には、昭和の三種の神器と言われた洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビがある。初期の洗濯機で言えば、洗いは芋の子(里芋)を洗うよう、槽の中で右回り、左回り、洗濯物を二次元的動きの中で洗う。洗濯板(波波を刻んだ木製の板)を使って、手洗いで洗うものよりは楽になると言うレベル。脱水も上下のロールの間に選択物を挟み、回転ハンドルを人力で回すもの、成果物は熨斗せんべいのようなものだ。洗濯槽は数キロ程度のもの。

(原稿を書いて気付くことだが、文字変換は“そう”を“層”と漢字変換してくる。

こ“そう”は木桶を入れ物として存在する“槽”なのだ)

松下幸之助語録には1961年、当時ソ連の副首相と面談した時の話がある。

水道理論に基づき家電を市民に市場に提供し続けた。炊飯器、洗濯機、掃除機もしかり。

「あなたのところは人民を解放し、ぼくは婦人を解放した」

冗談半分のつもりで幸之助さんが話したところ 「あなたは資本家であるけれど、偉い!」と言わしめたと言うから頷ける。

◆二代目は家族数が増えていく中で、洗濯槽はきっと8kg位のものであっただろう。この時点では洗濯して、脱水できる“量”の部分での実益の段階にとどまっていた。洗濯槽と脱水槽の区分はなくなった一槽化のもの。

三代目に、“量でなく質”を求めた。

何か!

洗濯と脱水はもとより今度は「乾燥」までやってくれる洗濯機を所望するようになっていたのである。

今風に言えば、「Q・O・L」。

きっと“生活に質を求める時代”に移っていたのである。満点パパでなく“可”点パパだった自分も時代に与(くみ)していった。

そして、今回の4代目。

我が家で刻んできた洗濯機の歴史を踏まえての選択となる。

いろんな汚れを落とすと言う“洗濯”であるなはずなのに“選択”なのだ。家族の総意は、今度は今まで使ったことのないタイプのドラム式の洗濯機を使ってみたい!であった。

(つづく)

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