山口大学経済学部同窓会
鳳陽会東京支部
【2026年2月 トピックス】
岡山支部 岡山Bさんからの投稿
◆新しい洗濯機には「洗濯量を自動判定し、洗剤、柔軟剤も自動供給」とある。
この命題。
ここで命題と言葉を使うところから経済学が始まる。問題意識が出発点。
高機能の機種によっては、米の銘柄によって、水分量(浸水)、沸騰、そして炊き上げ(高温維持)、蒸らし、各工程の時間を調整する炊飯器がある。
「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ…じゅうじゅう吹いたら火を引いて、ひと握りのワラ燃やし、赤子泣いてもふた取るな」と。
“かまど”でご飯を炊く昔流儀の手順と火加減を言い表した慣用句、おいしいご飯を炊くための五感を頼りにした昔の知恵である。アナログな知恵をデジタルの知の価値まで高めたものがそれであろう。
同様に「利用する洗剤によって、必要とされる洗剤、柔軟剤の量も違った」のである。
機器の購入までの意思決定には大いに関与していた自分だが、その具体的な洗濯機のオペレートは上さん任せ。
その上、“トリセツ(取扱説明書)があるから、よく読んでおいたほうが良いよ”と宣ってしまっていた。(猛省)
そして、ある部分では従順で、ある部分では研いだ八重歯を持つ誰かさん。。。
「お父さん、今使っている洗剤だと量の変更をして、自動供給するようにしておかないと駄目だよ」とくる。
そのトリセツを目にすると
“御意!でございまする”
つまり、価格的に競争力があると思って量販店で買っていた洗剤は、ある一定の洗浄力を出そうとするとき、洗剤は“量”が必要。最新の技術をもって開発されているある洗剤は“量で言うと1/5”で済むのである。
では、価格はどうなのか? 価格は1/5ではない。
恰も経済的な行動をしているように思えて、実は不経済な行動をしている。昨今の行動経済学にも相通じそうだ。
そして、80年代のサミュエルソンの「経済学」の中にあった、一つ一つは正しいことだが、それを合計、合わせたからと言って正しいものにならないという「合成の誤謬」!では?
ここは正確な引用が必要となってきた。手を抜いたAIによる検索だが「「合成の誤謬(ごうせいのごびゅう)」とは、個々の(ミクロな)視点では合理的で正しい行動が、全員(マクロ全体)で同じように行われると、全体としては意図しない悪い結果や非合理的な状況を引き起こしてしまうという経済学の概念」とある。
家の外で、特に家の中で、時にアダムスミスの「諸国民の富」(正式名は『諸国民の富の性質と原因に関する研究』)からもう一度学び直しが必要となった。
(つづく)


岡山Bさん、大学に入学した教養部時代に、半年位、文科会系の某研究会に入っていて「サムエルソンの経済学」の分厚く重い本を購入し、「合成の誤謬」が出て来たのを思い出しました。
教材として藻利重隆著「経営学の基礎」購入した記憶があります。
専門になってからはバイトの日々で、今でも真面目に勉学に励んでおけばと思うことしばしばです。
サラリーマン時代の晩年の50歳前に、電話対応の家電ご相談センターに配属となり、それ迄は洗濯機は2層式でしたが、仕事上全自動洗濯機を思い切って購入しましたが、俄か信心で駄目でした。
退職して、何年か前に清水の舞台から飛び下りるつもりで、Panasonicの
ドラム式洗濯機を購入しましたが、私には使いこなせず、なぜかコインランドリー通いの日々です。