山口大学経済学部同窓会
鳳陽会東京支部
【2026年1月 トピックス】
岡山支部 岡山Bさんからの投稿
◆知恩院の大鐘突きの様子…
大みそかには、「えーい ひとー~つ」「そーれ」の掛け声のもと、親綱を持ち、鐘突き場の土俵の土手を強く蹴り、全体重を綱に預ける。
廻りには子綱を17人の僧侶が心を合わせて、 一打一打鐘を打ち鳴らす。
撞つく数は我々がもつ煩悩の数、108と言われている。
一打一打に僧侶が念仏をあげる。
◆一年間の煩悩を払い、清らかな心で新しい年を迎える行事。
1930年頃から始まったと言われている。
知恩院創建から凡そ八百年、永続されている訳ではないがその響きには「時」が込められている。
22:40頃から始まる除夜の鐘突きの行事は、大晦日と初日に跨って突く。
107つまでは晦日内に、108つ目は年が明けてから突くのが良い。
そして、直径2.8メートル、重さ70トンの大鐘。
戦時期には金属供出の対象となるも、あまりの重さで鐘突き場からは供出されなかったと言い伝えられている。
(それは重量の重さでなく、皆のお寺に、法然上人に対する想いの重さだったのかもしれない)
◆2025年のゆく年くる年で紹介された瑠璃光寺の鐘突き。
規模は明らかに違うが、その音の荘厳さに心を新たにされた同窓の方も多かったのではないだろうか?
我々同窓が集う会の締め括りでは、「さんと しょうようか~」「アイン・ツヴァイ・ドライ」の掛け声のもとに低い音からの歌いだされる「山都逍遙歌」【橋川敏夫作(経専40期)】。
歌詞には香山町にある曹洞宗保寧山瑠璃光寺の鐘の音を織り込んだ歌詞が2箇所ある。
3 友よ知れるや混迷の 嵐の中に身を殉じ
黎明の鐘亂打せし 若き生命の揺籠ぞ
4 樹間にこむる紫の 薄明に住むもの思ひ
消えゆく鐘に目覚むれば 弦月白し鴻の峯
詩では「黎明の鐘」と言う3番では、それを亂打し若き命の揺籃ぞと世を歌い、かたや「消えゆく鐘」という4番では、目覚むれば弦月白し鴻の峯 と日々を歌う。
◆嘗て筆者の地元でのことである。
経済界で活躍をされた先輩(髙商29期)の葬儀で、当時商工会議所の会頭であった後輩の方(経専41期)が友人代表として弔辞を読んだ。
その中で引用されたのは「山都逍遙歌」の一節、3番と4番の歌詞があった。
列席された方にも、その詩の経緯を知らずとも味わい深い弔辞であっただろう。鳳陽会会員として参加した人々にとっては、なお一層深く染み入る「鐘」の音であった。
◆除夜の鐘の音を美しく伝える、それは難しい。
大晦日の夜、深夜零時前後の静寂の中、鐘の残響を捉えることにあると言う。
瑠璃光寺の鐘の音の放送では、鐘の真下に収音マイク、そして鐘の近くにもう一台の収音マイク、さらにもう一台は少し離れた場所で残響を拾う収音マイクの三台。
直接拾う鐘の音、金属の衝撃を通じ空気の波、振動音、そして、その鐘の音の残響音。三者三様の「音」の在り方、音響屋泣かせの音のプロに課せられた仕事。
音を打つ、そして拾う仕事より、拾った音を有難く聴し、300km、東京では1000kmの時空を超えて、瑠璃光寺の鐘の音に想いを一つにした2025年の除夜の鐘であった。

