山口大学経済学部同窓会
鳳陽会東京支部
【2026年10月 トピックス】
岡山支部 岡山Bさんからの投稿
◆先日亡くなった倉本聰さんの本の題名『君は海を見たか』ではなく“君はドキュメント72時間を見たか”(山口の文房具屋さん編)!
「72時間」の放送枠は30分の時間、その枠の中にいろんな人の人生を上手く纏め、取材していた。
◆取材で登場された方々は、学都山口の学生さん(山大付属の小中、山高、野田学園と思われる)、そして、母の葬儀に帰省し、不祝儀袋を買い求めきた人、公務員の街山口···市役所の人、老人のザックリとした注文にコンシェルジェの様に品探しをする店長、バックヤードでは事務用品の配達の準備をする人、転職する事になった人がその新たな職場用の名刺入れ購入に来店(店長は同級生)、服飾の為の大判の型紙を求める人、スケッチの為の紙、スケッチ帳(店内で作画も始まる)に思いを語る人、また店長に取寄せをしたペンケース、その革を磨き込んでいる人等々。
背景には、さまざまな人が、ある事務用品店を介して繋がる「やまぐち」があった。
各々のほんわかした人と店の繋がり。
◆山口での”72時間”の番組の中に啄木の様に、「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」B作には、その”そ”(正調やまぐち弁)のほんの少しさわりしか聴けなかったのは残念…
もう一つ残念だったのは、七夕の時期の収録と思われるが、コピー利用者はバイトの学生さんが手書き文字のメニュー表のコピーだけだった…
店内に掲げられている笹竹に願いを込めて結びつけられた七夕の短冊…
人の思いが一杯詰まった30分だった。
ほぼ50年位前の「やまぐち」が今なお変わらずに感じられた。
◆また、今の時代、鳳陽会東京支部のグループLINEでは有志の会員同士が繋がっている。70年代そこで配達のバイトをされていた先輩、筆者と同時期80年代に同じく配達のバイトをされていた同期の連絡も飛び込んできた。
様々な意味で少しの時間のすれ違いはあったかも知れないが、活躍する東京で繋がり合う。
いやぁ~、みんな「やまぐち」への想いは熱い。


岡山Bさん、貴重な情報ありがとうございました。
日頃、テレビは殆ど観ないので、秋葉原で買っていた16インチポータブルテレビは接続もしないで放置状態で、6年ぶりにネットカフェに駆け込みました。
素晴らしい番組でした。
1969~1974年在学中に中市商店街のモリイケは1、2回は行ったと思っていましたすが、恐らく通った時に外からロゴマークを観ただけでした。
大学に入学して、教養時代は吉田キャンパスで平川に下宿していましたが、関心事は中市商店街にあるスマートボール店やパチンコ店や利用した鳩食堂という食堂でした。
もう少し宮野方面には後にお世話になる安田ダンス教室がありました。
番組はほぼ30分間、涙、涙状態でした。
どういう涙か不明です。
インタビューを受けた人が素晴らしい人ばかりでしきた。
私が特に感動した3名
①お母様を亡くし、離れて住む長男の人で香典袋の為、訪れた男性。
②50歳を迎え、心機一転、名刺入れ購入の為に訪れた店長と同級生。
③旅が好きで訪れた場所でスケッチを描き、気軽に手渡すご婦人。
人柄が素晴らしくエンディングとして何時までも振り返り最高。
その後方に舌鼓の幟りのような物が目に入り、私はほろりでした。
山口市には32歳の時に広島から日帰り出張で山口県立美術館に行ったのを最後に44年間行っていません。
岡山支部 岡山Bさんの投稿、yasudaさんのコメントを拝読。私(登録者名MYZ宇部支部)はその番組を拝聴しました。お二方の投稿から往時(私は昭和40年~44年)の道場門前にある商店街を懐かしく思い出すことが出来ました。投稿やコメントにありますように様々な人間模様が映像されその人が持った人生を精一杯生きようとする。往時の私は道場門前の何もかも揃う商店街を友人とよく散策したものです。今は時々懐かしさを求めて山口へドライブに行きますが、街も変わる、人も変わる、でもモリイケの人を引き付ける何か?は変わらない。そんな番組でした。岡山のBさんありがとう。