時節柄、納涼の話を。
学生時代の山口は街路灯が乏しく、中心部から少し外れると暗かった。暗闇には魔物が棲むという。当時体験した怖いできごとは、やはり暗闇で起きたものが多い。今思えば笑い話になるが、当時は怖かった。その時の話を“盛らずに”語ってみる。
◇墓場のわき
平川から山口の下宿へ戻る時、椹野川沿いにある墓地の脇を通る。川沿いの細い土手の道に街路灯などはなく、何事も起きないように念じながら急いで自転車を漕ぐよう心掛けていた。ある日、墓場に差し掛かった時のこと、視界の端に何やら白いものが・・・
ん・・! 大車輪でペダルを漕ぎにかかる。しかし、漕げども自転車が進む感触がない。これは夢か?
いや、夢ではなかった。チエーンが外れたのだ。
◇真夜中の老婆
吉田キャンパスの裏手に、婆様が独り深夜までやっている駄菓子屋“ばあさん家(ち)”があった。夜中に腹に入れるものがなくなった時、まれに行くことがあった。真夜中に行った時のこと。勘定したく奥にいる筈の婆様に声を掛けようとしたところ、婆様が現れなさった。白髪混じりの乱れた髪、手にはハサミ。口元には不可解な片頬笑い。私の身体は冷水を浴びたように硬直した。
友人の話では、その婆様、たまに寝ぼけて、そろばんと間違えてハサミを持ってくることがあったという。
◇図書館の帰り道
山口市内の図書館。閉館間際の夜8時前。高校生男子5~6人が私語を飛ばし、ふざけ合っている。図書館員を呼ぼうにも姿が見えない。結構な間、ふざけ合いが続く。とうとう私の堪忍袋の緒が切れて、高校生を叱ってやった。叱ったは良いが、直後に不安が鎌首をもたげる。この時期、若者による集団暴行事件が流行っていた。相手は若くて力の余った高校生だ。閉館後、図書館を後にしたが、下宿までは自転車だ。
鷹揚に構えたふりをして自転車で家路を辿ったが、下半身は慌ただしくペダルを踏んだ。後をつけられないように、遠回りして。
◇うなされる夢の正体
学園祭で演奏活動もどきをやったときのこと。マズイことに停電になった。照明は切れて辺り一面真っ暗闇。楽器もマイクも情けないほど無力化し、ただの金属の塊に。そんなことは上記の怖いものランキングには入らないと思っていた。
しかし、卒業して半世紀経つが、これまで何度か夜中に夢でうなされ、目を覚ましたことがある。悪夢の中身はなんと演奏活動をしている私そのものだ。
(よう、やるで!)
これが結構、心の重荷になっていたのか、5年前に心筋梗塞を発症し、救急車で運ばれた。
助かったのは、発症したのが幸い昼間だったからかもしれない。夜だったら持っていかれたかもしれない、魔物に。
(学23期kz)