◆腹部大動脈瘤
昨年(2021年)2月、私は首都圏のクリニックで人間ドックを受診した。
私は元気だ。健康そのものに見える。だが、親しい知人(彼もまた、元気だった)が突然、脳出血で緊急入院した。健康を過信してはいけないと実感し、2年前から人間ドックを受けるようにしている。
薄暗い検査室。腹部エコーを担当する女性が静かに告げた。
「腹部大動脈瘤が昨年より大きくなっています」
昨年の腹部エコーで腹部大動脈瘤が見つかった。
しかし、自覚症状はない。元気いっぱいだ。よって昨年の段階では、さして気にせず、放置していた。
健常者の腹部大動脈は直径2㎝程度という。私の大動脈には瘤(こぶ)がある。昨年は直径5・5㎝だったが、今回は6・1㎝に拡大しているという。
検査担当の女性はこういった。
「先生(医師)からお話があると思います」
人間ドックの検査項目をすべて終えた。最後に医師との面談がある。
男性医師が厳しい口調でいった。
「腹部大動脈瘤が大きくなっています。放置すると、破裂しますよ」
破裂すると、命の危険があるという。
「大学病院などで精密検査を受けてください。おそらく手術になるでしょう」
これはおおごとだ。帰宅してネットで「腹部大動脈瘤」を検索した。
無症状で、ある日、突然、破裂する。恐ろしい病気だ。これは放置できない。
地元の医院に行く。かかりつけ医の女性医師に腹部大動脈瘤の件で、大学病院への紹介状を書いていただくようお願いする。その場で紹介状を書いてくれた。予約は自分でとるつもりだったが、女性医師は「こちらで予約をとりましょうか」という。予約をとっていただけるのなら、こんなありがたいことはない。受診希望日を4件ほど記す。待合室で待機する。しばらくして予約がとれた。受診日は5月19日に決まった。
◆大学病院
朝、車で大学病院に行った。駐車場に車を停める。
午前8時、初診受付に行く。診察券を発行してもらい、心臓血管外科外来受付へ。待合室で待機する。患者が多い。
初日なので診察だけかと思っていた。ところが、多くの検査を受けることになった。血液検査、心電図、レントゲン、免疫力、血管弾力性、心臓、そして造影剤を投入してのCT検査・・・。
それぞれの検査で長時間の順番待ち。ああ、文庫本を持ってくればよかった。お昼を過ぎたが、CT検査を控えているので、昼食をとることはできない。
午後4時、CT検査を行った。その後、再び、心臓血管外科外来の待合室で待機する。夕方、ようやく私の順番が来た。ドアをノック。診察室に入る。白衣の青年医師が座っていた。驚くほど若い。若いが、落ち着いている。経験に裏打ちされた自信が漂っている。信頼できる医師と直感した。
青年医師は単刀直入にいう。
「このまま、放置すると、破裂するおそれがあります。投薬による治療はできません。手術しましょう」
「はい。わかりました」
◆ふたつの手術方法
続いてふたつの手術方法について図解を示しながら、ていねいに説明する。
1.人工血管置換手術
腹部を胃袋のあたりからへその下まで20~30㎝切開する。腹部大動脈の上下を止血し、動脈瘤にメスを入れる。動脈瘤を開く。内部の血栓などを取り除き、きれいにする。人工血管を装着する。その後、動脈瘤を使ってラッピングするように人工血管を包む。
2.ステントグラフト内挿手術
日本では2006年にステントグラフト製品が認可された。新しい手術方法だ。人工血管にバネ状の金属を取り付け、これを細かいカテーテルの中に格納する。脚の付け根を4㎝切開。動脈内に挿入する。動脈瘤まで運び、ステントグラフトを留置する。
ステントグラフト内挿手術は腹部を切開しないので、体への負担が少ない。手術後、短期間で退院できる。だが、新しい手術方法なので手術してから10年後、20年後の検証データが少ない。患部から血液が漏れて動脈瘤が再び、ふくらむ心配がある。その時は再手術が必要となる。10年~20年後といえば、私は80歳~90歳だ。果たして手術に耐える体力が残っているだろうか。
青年医師は人工血管置換手術を勧める。私に異存はない。
その場で人工血管置換手術をすることを決定した。
次は手術の日程だ。大動脈瘤を放置すれば、するほど、破裂する確率は高まる。青年医師は6月に手術をしましょう-と提案した。だが、私は新型コロナのワクチン接種の日程(2回目の接種が6月16日)などを考慮して7月中旬を希望した。結局、6月30日に再度、検査と診察を行い、手術日を決定することになった。
この日、検査・診察が終了したのは午後6時。朝の8時から10時間、大学病院にいたことになる。長い、長い1日だった。《続く》
(鳳陽会東京支部 S)