この4月から高校で金融教育(資産形成)が必修になるという。これまでは金融教育はおろそかであった。おろそかというより、正面から取り組まれてこなかった。
4月には民法改正で成人年齢が18歳に引き下げられることもあり、若者が犯罪に合わないためにも、時宜を得た取組みといえる。
◆「カネ」の観念
我が国では古くから、カネ勘定のことを考えるのは「端(はした)ない」とされてきた。
幼少の時から倹約・節約、貯蓄の必要性について親から教えられたが、小学校から高校、大学まで学校において金融教育を受けた記憶がない。
否、社会人になっても先輩から教わったことはないし、同僚ともそうした話はしなかった。
仕事を覚え、日々の仕事をこなすことが先決であったのだ。
若い時は年金についてさえ、よく理解できていなかった。年金に対する関心が芽生えたのは退職を意識し始めた時であった。
人生100年時代、夫婦二人が95歳まで生きた場合に、年金では埋められない所得と支出の差を金融庁の審議会がモデル計算した2000万円問題は大きな反響を生んだ。
しかし、若い時から金銭に関心がなかったかといえば、そんなことはない。
就職活動の際は、給料が良い就職先を選んだ者は多かったはずだし、就職後も給料天引きで貯蓄する財形貯蓄を組んだ方も多いだろう。
◆カネを貯める
むかしから、金を貯めるといえば郵便貯金か銀行の定期預金であった。
若いうちはフローで稼ぐことはできても、ストックとしての金融資産はどうしても乏しい。このため株、投信という言葉すら馴染みがなかった。
株の運用利益といえば、「ラクして稼ぐ」、あるいは働かずして稼ぐ「不労所得」ということになり、日本人の勤勉な性格に沿わないイメージが付きまとった。
また、株売買の損から家を失ったというような話も小さいころから聞いたことがあり、マイナスのイメージが先行していたように思う。
米国に比べて日本では「元本保証のない」株式の保有率が圧倒的に低いが、これは「日本人がリスクに敏感で、賢いからだ」とする見方もあった。
昭和の時代には、ビッグ(貸付信託)やワイド(利付金融債)など、ほとんどノー・リスクで5~7%の利回りが得られる金融商品が流行ったが、特にリーマンショック後はゼロ金利の環境に変わり、こうした商品自体消えていった。
日銀も15年ほど前から金融教育の重要性を説き始めたが、一向に成果はなかった。
◆資産形成への目覚め
しかし、最近になって2000万円問題、将来不安、低金利から、郵便局や銀行の預貯金より、NISA(少額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)などをベースに、節税しながら資産形成ができる金融商品へ関心が移り、個人の資産形成へ向けた動きが盛り上がりを見せている。
また、売買手数料が安いインターネットを通じた株の売買、スマホでの手軽な株の購入、買い物で貯まったポイントを株に変えるということも可能になってきており、若者も資産形成を意識し、動き始めている。
最近ではコロナでの巣ごもりで、旅行や飲み会が減り、手元の余裕資金が増えたこと、また自宅でパソコンに向かう機会が増えたことも、資産形成へ動き始めた一因と解説する向きもある。
このように、資産形成は従来のような熟年層だけではなく、若者世代や各層にも資産形成への取り組みが広がっている。
iDeCo を例にとると、2017年1月から公務員も加入できるようになり、またこの5月から、加入年齢が5年延び、65歳まで加入か可能となった。主婦(第3号被保険者)もiDeCoで毎月の掛金の上限23000円を掛けている者が増えているのが驚きだ。
◆なぜに金銭に疎かったのか
欧米では国民の金融知識向上が福祉として、社会のセーフティネット的な効果を持つとの思想があるが、日本では取組みが遅れていた。
なぜだろう。これには徳川家康が用いた統治手法が関わっているのではないか。
徳川家康は腹心・明智光秀の反逆で自害に追い込まれた信長の例を見て、間違いが起こらぬよう、身分秩序を重視する儒教の朱子学を統治手段に用いた。
朱子学では金(かね)より米穀を重んじる「貴穀賤金」思想を教える。各地の藩校でもこの朱子学が教学の柱の一つとなっており、萩の明倫館でもそうであったのだ。
しかし当時いち早く、金儲けの重要さを知り、貴穀賤金思想を変え、商業を重視したのが田沼意次であったが、後を継いだ農業重視の松平定信によって田沼意次のやり方が否定されてしまった。
◆儒教のふるさとでの最近の金融教育事情
では、儒教のふるさと中国での金融教育はどうか。
中国には華僑がいる。
最近ではOECDの金融リテラシー(理解・活用する能力)調査では中国(上海)がベルギー、オーストラリア、ニュージーランドを押さえて1位になっている。
儒教の伝統が長い韓国でも、最近では「3歳での金銭教育は80年の生涯を変える」として、金融教育に力を入れている。
金融教育とは、何も金を貯めること、すなわち金融資産形成の話だけではない。
失職したとき、離婚したときはどの程度の金が必要になるのか、詐欺の犯罪からどのように身を守るべきか、運用して豊かな老後を迎えるにはどの点に留意すべきか、といった金との賢い付き合い方を多角的に学んでもらうのも金融教育だ。
韓国では、金融教育に取り組まないのは国家の怠慢、国の職務放棄との意見も強まっているという。
(学23期kz)