その2 経営側の要因 ①
OECD(経済協力開発機構)の統計でみると、2020年の日本の平均値賃金は35か国中22位。隣の韓国と比べると、日本は2015年に既に韓国に抜かれ、その後両者の差は開き、2020年時点の日本の賃金水準は、韓国の77%というショッキングな状態になっている。
これではいけない。
前回は賃金上昇を阻むマクロ面の要因を取り上げたが、ここからはミクロ面、あるいは制度的な面に焦点を当て、本稿では経営側の要因について検討する。
◆上昇しない日本の生産性
賃金を上げるには生産性を上げることが鉄則になる。生産性を上げないまま賃金を上げた場合は、利益が押され、企業経営は立ちいかなくなるからだ。
生産性とは何か。雇用者が一人・時間当たり、どれくらい稼ぎ出すかという指標だ。
長年、生産性向上の必要性が多くの有識者によって指摘されてきたが、日本の生産性はほとんど上昇していない。
これはなぜか。
これまでの経営や労働のスタイルを変えることができず、止めることができないのだ。これまでのやりかた、在り方からの変更を嫌う保守的な姿勢がなかなか変わらない。
以下では、生産性の上昇を阻む要因として考えられるものをとりあげる。
◆適正な価格設定ができているか
利益が出ない、すなわちカネをとれないところに事務量を過分に注ぎ込み、特にカネのとれる「サービス」に対してカネをとっていないのではないだろうか。
日本の経営慣行が国際ビジネス慣行とズレていることはこれまでも指摘されてきたところだ。
日本の製品やサービスに対する価格設定(プライシング)が国際基準と合っていないことはこれまでも指摘されている。すなわち日本では「サービスです」といった場合、対価の支払いを求めない。サービスはタダ、すなわち料金を取らない慣行があり、「サービス」と「タダ」は往々にして同義だ。
そのサービス料金が品物の価格に上乗せされない分、価格が安価になっており、生産性の上昇を阻む要因となる。
◆過剰品質のおそれ
本質的な品質に関わらない箇所に事務量を注入していることはないか。すなわち過剰品質の問題だ。
かつてよく言われたのが茶碗の裏側。見えないところ、使用されないところにまで気を使って仕上げられている。
さらに、良すぎる商品の品揃え、またその結果としての売れ残りによる商品廃棄率の高さもSDGsの観点から問題になってきている。
電気製品の多すぎる機能もそうである。日本の優秀な技術者は、技術の粋を集めて高品質の製品を作り上げる。これは高度に鍛えられた技術者が陥りがちな罠で、技術者から見れば、製品が売れないのは「この価値が分かっていない」と不満を述べるが、消費者はそこまでの品質を求めていない。こういう過剰品質の場合が往々にしてある。
◆脱却できない過去のビジネスモデル
高品質の製品を薄利多売するビジネスモデルから脱却できていない例が多いようだ。
確かに、過去においては一世を風靡したビジネスモデルであったが、時代が変われば、競争相手が変わり、消費者の世帯構成や好みも変わる。これに合わせてビジネスの在り方を変えていくのが常道だ。
日本と同様、製造業を大事にする国ドイツでは、顧客へのイノベーション提供を大事にする。顧客の利便性を高め、顧客の利益に貢献する技術革新を大事にするのだ。またモノ作りでも顧客のニーズに合わせた各種サービスを提供し、顧客の問題解決に資する製品・サービスの提供を行うことで利益率を高めているという。日本の大企業の中には「ソリューション」という名を付したセクションも見られる。こうした顧客への問題解決型サービスは高い付加価値を生み、利益向上、すなわち生産性の向上につながるが、ここに至るハードルは高い。
なぜか。
ここには優秀な従業員が必要だからだ。顧客は日本国内ばかりではない。外国企業へも寄り添い、問題を分析し、顧客企業の利益向上に貢献できるような製品とサービスを提供する必要があり、それに対応した語学に堪能で、顧客の問題解決に寄り添う優秀な人材が必要だからだ。
「名ばかりソリューション」のセクションにならないようにしたい。
◆儲からない事業の温存
儲からない仕事はやらずに、儲かる仕事に経営資源を注入するという当たり前のことが行われていないのではないか。これがなかなか難しい。経営トップの判断ひとつで舵を切れるはずだが、これができない。
これまでの仕入れ先、販売先との長年の付き合いがあるからで、こうした硬直的な契約が利益を抑え込んでいる場合がある。
長年の付き合いで、儲からない仕事や高い仕入れ価格に悩んだ企業が、経営者が(特に外国人社長に)変わった途端に業績が回復した日本の有名企業は少なくない。
◆配置転換の逡巡と難しい解雇
使えなくなったスキルの低い労働者をどのように扱うのか。非正規労働者の場合はさておき、解雇はしない。大企業ほど解雇は事実上できないのだ。こうした人員を会社にとどめておけば、利益を圧迫する。
では、新たな仕事に必要な人材はどうするか。新たに雇用するのだという。
企業にはこうした解雇できない「余剰労働者」が400万人おり、有力な人財系シンクタンクの見通しでは2025年に500万人に増えるという。
望ましいのは、こうした雇用者が新たな技術を身に付け需要の高い分野で新たな職を得ることだ。
これには「学び直し」=リスキリングが必要であり、この必要性が叫ばれているが、日本では他の先進諸国に比べて学び直しに消極的だ。学び直しについては別稿で述べる。
(学23期kz)