私の就職活動

私は1978年4月に山口大学経済学部に入学した。
3年前に60歳定年を迎え、現在シニアとして同じ会社で気楽に働いている。約1年後の誕生日をもって65歳退職を迎える今、自分の就職活動について振り返ってみた。

就職活動を始めた時期
我々の時代の就職協定は、10月1日が会社訪問開始、11月1日が採用内定開始というルールであった。そのため、現在のように3年生のうちから就活についてそわそわすることもなく、のほほんと部活やバイトに精を出していたものである。また、パソコンやスマホがあるわけでもなく、一方的に送られてくる分厚い就職情報雑誌が唯一のとっかかりであった。

希望職種
 特に誇れるような特技、資格もなく、漠然とメーカー企業かなと思っていた。幸い、部活の一つ上の先輩2名が関西の大手電機メーカーM社に就職されていたので、8月頃から大学訪問と称して2週間置きに来山され、有望候補という評価で人事の方へ上げていただいていた。そのような中、夏休みで帰郷した際、中学、高校と一番仲の良かった友人(鹿大在学)と会った。彼の希望は保険会社。理由は勤務時間が短く、給料が良いからと。山口に戻り就職情報誌で調べてみると、確かにいい感じ。不純な動機ではあるがそこからM社と保険会社の二本立ての活動となった。

会社訪問解禁前日(9月30日)
 M社の方は先輩のおかげで、明日の朝一番でM社の会社説明会へ行き、採用担当役付者から内定を頂く運びとなっていた。一方、保険会社。9月に入り3社ほど会社訪問、先輩訪問をしたものの明確な手応えなし。30日の午後にN社に3年前に入社していたゼミの先輩からようやく下宿に電話があり、明日1日に湯田温泉のホテルで9時から会社説明会を行うから良かったら参加してみたら、とのこと。朝一番はM社へ行く旨を伝えると午後からでもいいよと軽い返答であった。

運命の10月1日
 朝一番、M社の会場へバイクで駆け付け、採用担当役付者と短時間の面談を受け、内定の方向の旨を頂く。しかし、自分としてはもう一つの第一志望であるN社の説明会も聞いてみたい旨を正直に伝え、会場を後にし、午後からのN社の会場であるホテルへ。
ゼミの先輩に初めてお目にかかり、26番目の来場者として採用責任者との面接を受けた。夕方までには結果を連絡するとのことで(ない場合は不合格)会場を後にし下宿へ帰った。それから2時間後、幸運にも電話があり、自分ともう一人の学生(すでに内定を数社獲得している強者)の2人に絞った、もう一度面接して決定したいとのこと。複雑な気持ちでホテルへ行き再度の面接。約10分後に内定の連絡を受け万歳!
でもここで礼を失してはならない。そのままバイクでM社の会場へ向かい、採用担当の方に丁重にお詫びをした。帰り際、駐輪場を出ようとしたところ、会場のビルの5階から“N社で頑張れよ~”と手を振りながら激励をいただいた。このシーンは今でも鮮明に覚えており死ぬまで忘れないだろう。
 その日の夜は内定食事会を開いていただき、その場で新幹線チケットを渡され、翌日にはN社本店の役員室で内定の握手をしたのであった。

振り返ってみて
 現在の就活状況と比べると、申し訳ないぐらい楽なものであった。特に、山大を卒業して40年間も勤めている会社が、結局たった1日程度で決まっていたというマンガみたいな話である。
ちなみに中学、高校の友人も同業のS社に入社したのであった。  
(学30期 yW)