趣味は将棋(へぼですが・・・)青春編③

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2023年 10月トピックス】

◇名作「将棋の子」

 大崎善生の作品「将棋の子」。名作です。

今回、このトピックスを書くにあたり、読み返しました。

物語の軸となる登場人物は、札幌の天才少年。

プロ棋士を目指し、上京。養成機関の奨励会に入会します。

彼には独特の将棋観があります。定跡をあえて勉強しない。

序盤、中盤は圧倒的に不利ですが、驚異的な終盤力で逆転勝ちするというものです。だが、現代将棋は持って生まれた才能だけで勝てるほど甘くはないのです。

 彼は奨励会入会当初、勝ち星をあげ、順調に昇級・昇段していきます。だが、二段で壁にぶち当たります。勝ち越せない。それ以上、昇段できないのです。

 奨励会員は最後の関門、三段リーグ戦を勝ち上がって四段に昇段して晴れてプロ棋士となるのです。

 彼は身を焦がすほど、焦ります。ちょうど、その時期、ともに上京して生活を支えていた父親と母親が病気で亡くなったのです。奨励会では勝てない。東京で生活もできない。失意の元天才少年(そうです。もはや天才とは呼ばれなくなっていた)は奨励会を退会。北海道にひとり帰っていくのです。その後の彼の人生は「将棋の子」を読んでください。

◇奨励会退会後の人生

プロ棋士になれず、将棋界を去っていく元神童、元天才少年たち。彼らはなんの資格も持っていません。奨励会員の多くは大学に進学していません。青春のすべての時間を将棋に打ち込み、結果を出せず、挫折していくのです。彼らはどんな人生を歩んでいくのでしょうか。

 大学を卒業して一流企業に就職。安定した高収入を得て、世界を舞台に活躍する。そんな人生とは無縁です。

 「将棋の子」には奨励会退会後の元会員たちの人生、苦闘が記されています。

司法書士。俳優の付き人。将棋ライター。世界放浪・・・。

 さて、福岡県立八幡中央高校の同窓生、N君のことです。

 彼は独学で将棋を学び、全国大会で優勝。高校生名人になりました。

 N君はプロ棋士を目指し、単身、上京。奨励会に入会したのです。N君はその後、どうなったのでしょうか。

◇数十年ぶりの再会

 高校を卒業して数十年後、首都圏に就職した同期生の同窓会が新宿のクラブで開催されました。

 同窓会でぜひ、会いたい男がいます。N君です。果たして彼は姿をみせるでしょうか。

 夕刻。同窓生が続々と集まってきます。

 来ました。N君です。私は彼の隣に座りました。

N君はご機嫌でした。にこにこしています。ふちなし眼鏡。少し唇をとがらせて、
早口でしゃべる姿は高校時代、そのままです。

 数十年ぶりの再会。酒を飲みながら、半生を聞きました。

高校生名人の金看板を背負って、さっそうと奨励会に入会しました。師匠(プロ棋士)につき、当初は順調に昇級・昇段していったそうです。そしてついに三段に昇段。プロ棋士まであと一段の地点までたどりついたのです。

しかし、三段リーグ戦の壁は厚く、高かった。どうしても勝ち進むことができない。年齢制限(26歳)が迫ってきます。

 彼は決断します。奨励会退会・・・。プロ棋士になる夢を断念したのです。彼はこう語りました。

 「自分は奨励会に入るのが遅かった。高校を卒業して入会してもだめだ。プロ棋士になる少年は小学生、中学生で奨励会に入会している」

 奨励会退会後、彼は北九州に帰郷しませんでした。将棋界とは無縁の人生を歩み、首都圏で医薬品関連の仕事をしているとのことです。

 私は質問しました。

―将棋、今でも、指してるの。

 彼は答えました。

 「いや。まったく、指していない」

 私はぶしつけな質問をしたことを恥じ、沈黙しました。

(鳳陽会東京支部 S)

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