「日本人論」の欠片 その7

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2024年 10月トピックス】  

◆PDCAのチェック(C)

実施段階(D)で大きく削がれた「計画」。

次の過程・チェック(C)でも大きな問題がある。

誰がチェックをするのか。

改革実施者が自らチェックしたのでは意味をなさない。

本来は第三者あるいは(第三者機関)が客観的にチェックをしなければ、有効なチェックにはならない。

しかし、実際には改革を行う当事者がチェックしている例が一般的だ。

特に行政機関の改革が官庁がそうだ。

官庁が保有している各種データ。こうしたデータには対外秘、情報公開対象外など、第三者がチェックできない場合が多い。

こうした場合、チェックはどのようにするのか。

データを保有している機関が自らチェックし、自己申告することになる。

これでは自画自賛のチェック、手前みそのチェックといわれても仕方なく、有効なチェックは出来ない。

◆少子高齢化対策の例

何十年も前から、確実に到来が予測されていた日本の人口減少問題。

日本の生産年齢人口が減少に転じたのが1995年、総人口が減少に転じたのが2008年。

経済予測とは異なり、人口動態は予測が容易。人口が減り始めることは分かっていた。

結果的には有効な改革がなされたとはとても言えない。

少子化対策でも、高齢化対策でも計画(P)は驚くほど多き出された。

また、計画に対する数値目標も意欲的なものが多い。

しかし、その実施(D)について、大きくグレードダウン、次の評価(C)については「なあなあ」のチェックに終わった感がある。

計画Pが、実施DとチェックCで骨抜きにされた場合、最後のアクション(A)はほとんど意味をなさない。

かくして、ふたたび同じ改革案が新たな装いでスタートし、大々的に発表・報道される。

「今度は違うぞ!」・・・そうした改革するにはどうすればよいのか。

解決不能で絶望的なのか、それともまだ尻に火が付いていないだけのか。

われわれの手には負えないのか。

そんなことはないはずだ。

(学23期kz)

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