丙午スタート ~平和な時代を心から祈る~

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

(学37期 上野 啓)

◆今年は60年に一度の丙午。(ひのえうま)

前回の丙午、昭和41年はまさに私の学年。

丙午に生まれた女性は、気が強く家庭を滅ぼすという、全く科学的根拠のない迷信から、昭和41年生まれは新生児がその前後と比べて20%以上少なかった。

(同級生の女性は穏やかで優しい人揃いです)

その恩恵で、高校入試、大学入試の倍率は低く、福岡の県立高校受験は1.1倍、山口大経済も1.8倍という倍率であった。さらに就職はバブル世代のど真ん中、体育会でもなく、英語もできず、バイトと飲み会に明け暮れ、優が2つしかない私でも大手企業からたくさんの内定をもらえた。(ラッキー人生)

◆こうした競争する環境のない学年で育った事もあってか、丙午の同期の絆は、中学、高校、大学、社会人を通して、思いの外強い。 

その仲間達と、今年は還暦祝いのイベントがたくさん企画される(企画する)事になりそうだ。

還暦イベント第一弾は、福岡の高校の同級生で北海道エスコンフィールドに集い、日ハムvs ソフトバンク戦を観戦しながら、還暦祝いをしようという企画。同級生が日ハムの役員になったこともあり、早々にチケットを手配してくれた。

ソフトバンク戦という事もあり、福岡はもちろん全国から家族帯同で北海道に観戦する同級生も多くすでに30余名の参加表面があった。

敵地北海道エスコンフィールドで博多弁が飛び交うのを今から楽しみにしている。

◆いわゆるジョブホッパー(転職を重ねる)の私であるが、キャリアをスタートとした日系化学メーカーの同期メンバーとの繋がりは今も深い。(わたしの在籍はわずか3年)

 38年前の入社式での社長訓示は100名を超える新入社員を前に「ここにいる全員が30年後は社長になれる。これから我が社は子会社を300社作る」と豪語していた。

その後、その会社は合併や事業売却で残念ながら入社式の社長訓示を実現できた者は誰もいない(笑)

理不尽なことに耐え、酸いも甘いも嫌と言うほど経験したバブル全盛期の同期と、サザンやユーミンのBGMが流れる中での還暦イベントはお互いの慰労とセカンドキャリアを語る場になるであろう。

◆翻って世の中は、新年早々あちこちで分断と対立が顕在化している。

力(軍事力と資金力)があれば倫理(Ethics)は関係ないという世界観が蔓延してきた。

私の母方の祖母は1906年の丙午生まれ。

戦前に満州に渡り、そこで終戦を迎え、私のお袋(当時13歳)と乳飲み児の叔母(当時1歳)を含め4名の子供と命からがら引き揚げ船で仙崎に帰国した。

その後も続く食料不足の飢餓の日々を生き抜いた。

私の親父(16歳で海軍予科練に入隊、人間魚雷回天の搭乗直前で終戦)もまた戦争の悲惨な時代を軍隊の中で生き抜き、戦争のない世の中を心底望んでいた。

◆そして今年、甥夫婦に生まれる子供も丙午。

私の祖母から5世代を超えて引き継がれる丙午生まれである。

日の出山(東京、奥多摩)から拝んだ初日の出のご来光に「男の子でも女の子でも、生まれくる赤子にとって本当に穏やかで平和な日々が続きますように」と切に願った。

丙午還暦イヤーのスタートです。

写真は 今年の初日の出と北海道エスコンフィールド

明治神宮 ③神宮造営に向けて

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

◆明治天皇を記念するもの・・・東京での造営・・・

この動きを推し進めたのは、すでに述べたように、渋沢栄一、東京市長の阪谷芳郎、日本橋区会議長の柿沼谷蔵、東京商業会議所会頭の中野武営たちだ。

ここをもう少し詳しく見てみよう。

◆明治天皇の崩御が明治45(1912)年7月30日だった。

いち早くアクションを起こしたのが7月に市長になったばかりの阪谷芳郎・東京市長だ。

阪谷芳郎(さかたによしろう)

備中(岡山)出身。

大蔵省入省、主計局長から大蔵次官へ。

退官後まもなく政界に転じ、第一次西園寺内閣で大蔵大臣に就任。

明治45(1912)年7月に東京市長になった人物だ。

渋沢栄一の次女を娶ったことは既述したとおり。

◆関東の候補地

明治天皇を記念する造営物をどこに建てるか。

全国から候補地の名前が挙がっていく。

東京では代々木御料地、青山練兵場のほかに都心では陸軍戸山学校敷地、駿河台、目白台、小石川植物園、芝三光坂付近、都下では井の頭公園、多摩川上流、御嶽山(青梅)など多くの候補地が挙がった。

他方、東京の近隣県では埼玉では大宮、朝日山など4か所、茨城が筑波山など2か所、神奈川が横浜、箱根の2か所、千葉が国府台、静岡が富士山など、候補地が少なかった。

このため、関東に造るなら東京、明治天皇の住まいのあった東京ということになっていった。

また、なぜ東京・青山か。

青山の練兵場であり、大喪の会場となったところで、大喪の会場の保存も兼ねてそのまま神社にしようというものだった。

そして早くも崩御(明治45年7月30日)の2週間後、8月12日には東京商用会議所で造営の骨格を決めている。

・内苑は代々木御料地で国費、外苑は青山練兵場で、献金で賄う

・外苑には記念の諸施設を建造

伊勢神宮に匹敵するような「雄大、荘厳」のような施設がイメージされていた。

(学23期kz)

阪谷芳郎 子爵

ノーベル賞考 その② 多様性

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

ノーベル賞は独創的な研究で人類の進歩に貢献した者に授与される。

平和賞や文学賞は別にして自然科学3賞(物理学、化学、医学/生理学)についてみると、研究が類を見ない独創的なものであっても、独りで孤独に研究を続けた結果として実を結んだものではない。

大学、企業あるいは研究機関の中で、研究仲間と議論し、意見を戦わせることで、研究の欠陥に気づいて研究方針転換し、逆に自信を深めることもでき、ノーベル賞受賞者は、研究仲間がいかに大切ということを一様に表明している。

◆研究仲間との論議では、優秀な研究者が集まる中で、異なるバックグラウンド、異なる研究経路、異なる視点・発想が出合い、ぶつかり合い、溶け合うことによって、気付かされ、また「ひらめき」が生まれて、独創的かつ先進的な研究成果が発芽するようだ。

◆自滅する米国

これまでは各国から優秀な頭脳が集まっていた米国。

米国では異才たちがを置く世界最高の大学や研究機関を有しながら、トランプ大統領は彼の思想信条に合わない行動をとる教員や研究者、また学生までもビザを制限し、研究費を削減し最先端の研究の流れを断ち切っている。

これは米国に限らず、世界にとって大きな損失をもたらすものだ。

誰かが止めなければならないが、その役を担う者がいない。

◆米国を離れる研究者

米国に集っていた研究者や学生は、研究拠点や生活拠点米国以外に変えている動きが出ていることが報じられている

行先はカナダであり、欧州であり、日本だ。

この先米国からは徐々にノーベル賞受賞が減っていくことだろう。

ノーベル賞受賞に直結する可能性が高いトップ10%の引用論文数では、すでに中国に大負けしている(別稿で述べる)

こうした中での研究者の米国流入の厳格化、大学・研究機関への資金配分削減は、中国と最先端技術の覇権を競っているはずの米国の自殺行為にならないか。

トランプ大統領が任期を終えて次の大統領にバンス副大統領がなってもこうした流れは変わらないだろう。

では民主党が政権をとれば、流れが一気に変わるのか。

そのように主張する識者を寡聞にして聞かない。

混迷を深める米国、ここに在り。

「同盟国」であるはずの我が国。

米国との付き合い方も、従来のままではよろしくないのだろう。

(学23期kz)

第1回 鳳陽会東京支部温泉ツアーのご案内

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】


◆寒さが身にしみる今日この頃、温泉活動を始動すべく、第1回の温泉ツアーを企画しました。

まだまだ手探りな部分は多いのですが、参加者の皆さまのご意見をお聞きしながら今後の活動継続への参考としたいと思います。

詳細は下記のとおりです。

◆開催日:1月31日(土)
集合時刻:10時45分
集合場所:都営三田線志村坂上駅A-2出口寄りの改札
施設名:前野原温泉さやの湯処(源泉掛け流し)

https://www.sayanoyudokoro.co.jp/

◆企画の概要:1時間程度入浴後、飲食。

飲食場所は施設内あるいは近隣にはファミレスのサイゼリアもあります。

2次会はなりゆきまかせですが、志村坂上駅周辺に昼飲みできる店はあります。

また、「呑兵衛の聖地」赤羽までは約3km。

◆参加希望者

参加を希望される方は、以下の鳳陽会東京支部連絡フォームから申し込んでください。

連絡・相談・問合せ – 鳳陽会東京支部

なお、今回は初の試みのため参加人数を絞り、先着15名とさせて頂きます。

皆さまのご参加をお待ちしています。

【鳳陽会東京支部の温泉担当・吉岡(38期)】

映画「国宝」に 600人の観客、万雷の拍手

 

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

今話題の映画「国宝」を先日観ました。

人間がもつ「業」を見事に描いています。

落語家立川談志が語った「業(ごう)」とは、「人間とは、業を背負った どうしようもない存在だが、それを否定せず肯定する」。そして、「落語とは、人間の業の肯定である」 という。

映画「国宝」の中で展開される歌舞伎役者のそれぞれの「業」。

それについてのストーリは実映を楽しんでいただく事として、そこに提示された問題を追ってみよう。 

  「  」内は台詞

・氏より育ち・・・問題 (宗家の血なのか?養子の芸なのか?) 

 容姿端麗で女形を演じる養子の背中に、任侠であった実父にもあった刺青がある。 

 ミミズクがニシキヘビを鋭い爪でつかむ墨。

 養子「生まれながらの役者の子や、(あんた(宗嫡)は)”血”が守ってくれる。」

 宗嫡「稽古休んだことないやろ。(あんた(養子)は)”芸”が守ってくれる。」

・歌舞伎役者の芸への追求(飽くなき芸への日々の精進)  

 養子「日本一の歌舞伎役者にしてくださいと悪魔と取引してたんや、日本一にしてくれるんやったら他はなんもいらんと・・・」

 

・人間国宝、名代継承問題(大きな伝統的な名代につきたい願望)

  宗家「この世界は親がないのは首がないのと同じや。 

     (あんたには宗家ではない)けど本当の “芸” は刀や鉄砲よりも強い」   

宗家の名代を継承させたのは稽古の芸、養子を選ぶ、しかし、今生の別れとなった際に

  口にしたのは”宗嫡の名”…

・そして、宗家嫡子と養子との芸を通じての友情

 養子「生まれながらの役者の子や、”血”が守ってくれる。」

 宗嫡「稽古休んだことないやろ。”芸”が守ってくれる」

     舞台の袖で、互いのおでこに指ピンをして、二人にとって初の大舞台に臨む。

 宗嫡「泥棒と一緒や。人のもん勝手に取って。いきってるんちゃうぞ!」

     とっかかりながら、「…と怒った方がおもろいやろ」

 養子「結局、歌舞伎は血や。芸なんか関係あるか。血筋や!」

    「…てな感じで怒った方がおもろいんやろうな」」
    と

芸に対し火花を散らすが、互いの友情がそれぞれの存在を敬う。

全体を追ってみると、見事な対句の手法で台詞を詰めている。

類似かその反対か、その2つの句を同じような形式、同じようなリズムで並べ、印象を強める

修辞技法を見事に使っている。(漢文に用いられる手法)

そして、後になって気づく映画の中には何層にも仕掛けられた仕掛けがある。少し穿った見方(本質をついた見方(正)、ひねくれた見方(誤用として)の両方の意)かもしれませんが在日韓国人3世と言われている監督だからこそ描けたのかもしれない。

(韓国の”家”の概念、少し誇張すると”国”への概念)歌舞伎界を題材に通してではあるが、我々に様々な”業”について問うているのかも知れません。


あっと言う間の三時間、観客を決して飽きさせません。
蛇足)取引先出張時、和歌山の業者さんが日高町にある道成寺をご案内してくださった。もとより安珍清姫の悲恋物語など知らない。能楽や歌舞伎の演目「道成寺もの」に出会うことになるのはずっと後日となる。しかし、その導きはあの出張にあった。

(岡山B)

日本人論の欠片 ⑱分断、対立を超えて・・・

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

◆レヴィ・ストロースの気付き

ベルギー生まれでパリ育ち、サルトルの実存主義を超えたともされる構造主義の泰斗で文化人類学者のレヴィ・ストロース。

レヴィ・ストロースは世界中の神話を読み解き、その中で日本の文化を、精緻で美しく、矛盾を抱きながらも調和を保ち続け、最も謎めいた、世界の美しい例外と位置付けた。

◆日本の特徴・・・

外国から文化や、思想・宗教が入ってきたとき、どうなるか。

通常は排外的な態度をとるか、あるいは逆に自国の文化や思想宗教を捨て去ることになる。

しかし、レヴィ・ストロースは、日本は例外だとした。

日本では外来の論理的なものも、非論理的なものも、そのままの形ではなく、自分の中で咀嚼、また自己流に解釈し直し、異なるものを己の中に取り込むという柔軟性がある。このために、むやみな対立をもたらさず、異質なものを調和的に取り込む。これが日本人の「知恵」だとした。

◆矛盾を矛盾のままに

こうした「日本流」は、鋭い論理的一貫性、矛盾のない直線的で統一的な解釈、他を威圧する態度、自身に満ちた正義とは相いれない。

むしろこれとは逆だ。

すなわち曖昧さ、情緒的な非論理性、控え目な態度、「場の空気を読む」態度などが溢れている。

こうした日本人の態度や性格は言葉になって現れる。

「日本語」だ。

すなわち動詞が最後に来る日本語の構造。

論理性よりも相手に配意したレトリックの多さ。

直線的ではなく婉曲的な表現の巧みさ。

こうした日本語の表現は、他者との争いを回避し、調和的な併存を目指すことに役立っているとは言えないか。

これが矛盾を矛盾のまま己の中に調和的に取り込み、そうすることで「争いを最小限に抑える」効果があるようだ。

◆戦後80年、冷戦終結後30有余年

1990年に東西冷戦が終わった。

民主主義勢力が勝利し、一直線で民主主義が開花、真に平和な時代が到来するかと思いきや、「東側」の権威主義国が生き残り軍事的な圧迫を強める一方で、民主主義国の代表選手だった米国が変質し、むしろ世界で紛争が増えている。

また、その米国内では、政府自ら多様性(DE&I)の否定にも向かっている。

◆世界が日本に求め、日本が貢献できるもの

戦後80年。

日本が世界から注目されることがあるとすれば、レヴィ・ストロースが気付いた日本の文化的、思想的な面かもしれない。

すなわち、異質なものも排除せず、咀嚼し、解釈し直して己の中で調和的に取り入れること。

相手を殺さず、自分も否定せず、共生の道を模索する。

分断、差別、対立を招くことなく、争いを避ける途。

白・黒の明確な勝ち負けることなく、優劣をつけることなく、ファジーで曖昧だが一段階高い次元で、互いを尊重し、互いと共生する在り方。

西や東の諸国から日本を訪れるインバウンドのみなさん、ここに注目してほしい。

日本の「食」や「匠の技」、品質に優れ、アイデア豊富な「モノ」も結構だけど・・・

(学23期kz)

賽銭箱のわきにはクリスマスツリーが

鳳陽会東京支部 2026始動

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

◆三役員初会合

1/10土曜、午前10時半から支部長、事務局長、監事の三者で財務問題に焦点を当てた初会合を行った。

中尾監事の発案で、過去5年間の収支状況を振り返り、この先5年間を展望。

収入が徐々に細る中、最大の固定費である事務所家賃の負担が大きなウェイトを占め、家賃の縮無くして今後の収支赤字問題は解決できないとして、これまでの事務所機能を維持しながらも、家賃を大幅に圧縮すべく事務所移転に向けて早急に着手することとした。

◆若手を交えてのささやかな新年会

昼には若手の会員に鳳陽会の役員が加わった、恒例の新年会を開催。

若手では69期のATさん、70期のⅠTさん、新卒73期のOG女史が参加。

 

飲食物は各自、自分のものを購入して持ち寄る方式だが、年末年始に故郷・小野田に帰省したY常任幹事(38期)から山口産のちくわ、かまぼこに加え日本酒の差し入れがあった。

またY常任幹事は都内スーパー銭湯&会食会の実施リーダーで、プロジェクトの詳細が近く発表される予定だ。

経済卒で医学部に入り直し、筑●大学で研究しているドクターIZさん(50期)からも焼き鳥の差し入れがあった・・・となるはずだったが・・・

来る途中、電車の網棚に大量の「焼き鳥」を置き忘れたとのこと・・・ああ、もったいない・・・

「焼き鳥を片手に乾杯!」は幻に終わった。

それでも、手ぶらで参加することはなく、海老などの高級つまみを差し入れてくれた。さすがだ。

新卒のOG女史からも高級洋菓子が振舞われた。散財をお掛けしたが、最近の新卒社員は初任給がジャンプしているようで、高級洋菓子の差し入れも財布にはほとんど響かないのかもしれない。

本年も同窓会活動を盛り上げていこう! と乾杯してお開きに。

(事務局)

日本の匠、その技

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

◆瑠璃光寺五重塔

大晦日には「ゆく年、くる年」で修復を終えた国宝瑠璃光寺・五重塔が放映された。

山口がNYT紙で「2024年に行くべき52か所」に選ばれた2年前には修復中で、囲いで覆われていた五重塔。

昨年秋には囲いが取れ、修復を終えた国宝が姿を現した。

この間、数度に渡り修復作業が断続的に公開され、宮大工の匠の技の結晶が披露された。

◆匠の技を海外で披露

昨年末の民放テレビの特番で、日本の職人たちが外国からの修理依頼で海外に出向き、家屋、教会、学校などからの修理の要請を職人芸で解決し、依頼した地元民から称賛されるという番組が放映された。

シリーズもので、10年目を数えるという。

日本で放映している家のリフォーム「ビフォー・アフター」の海外出張版ともいえるものだ。

日本の職人メンバーは家具職人、塗装職人、宮大工、数寄屋大工の4人。

現地の材料を用い、アイデアを出し、工夫を凝らして実にうまく組み立て、改装・補修し、修理を依頼した海外の地元の皆さんの期待を超えて問題を解決していく。

出来上がった「作品」のお披露目に際しては、地元の皆さんからの称賛の拍手が湧き起こる。

胸が詰まる瞬間。

・・・番組制作側の「やらせ」ではないのか。

いや、そうでもなさそうだ。

日本の四名の職人は連携し、専門分野を生かしながら協力して立派な「作品」を作っていく。

感動ものの番組だ。

◆日本の伝統工芸品

またつい先日、家業の江戸木目込人形作りの店を継いだ職人が紹介されていた。

280年の伝統を持つ江戸木目込人形。

粘土で作った土台に切り込みを入れ、布で覆って切り込みに布を埋め込んでいくもので、作業自体は根気が要る細かい作業だ。

江戸木目込人形は、雛人形を作っていた。

しかし少子化もあり、季節ものでもある雛人形は引き合いが少なくなっていた。

そこでこの若手職人、雛人形の代わりにインバウンドに人気の「招き猫」を木目込人形業で作ったところ、「カワイイ伝統工芸品」として内外でブレイクしているという。

この若者は元警察官だが、家業の都合で家業を継いだという。

◆海外からの引き合い

この木目込人形は海外からの注文も入っており、なんと大英博物館からも注文が来ているという。

英国といえば、昨年10月に大相撲のロンドン公演が行われた。

相撲もフランスだけではなく、ロンドンでも人気があったのだ。

大英博物館からの注文は何だったのだろうか。

横綱の招き猫だったりして。

◆地方を活性化

日本の匠の技が活きた作品や伝統工芸品は日本各地にあまたある。

また世界には、美しもの、匠の技への潜在需要は多いはずだ。

こうした日本の匠の技や伝統工芸品をインバウンドの観光客に実際見てもらい、触れてもらうことで潜在需要が顕在化する。

あるいは海外に出向き、そこで披露するのも手だ。

いいものには引き合いがある。

こうした伝統工芸品がインバウンドを契機として海外で注目され、地方創生の起爆剤になれば理想的な展開になるのだが。

また、伝統技術だけではなく、日本の医療技術も最先端を走っている。

世界の大金持ちは長寿志向が強い。

医療技術で彼らを呼び寄せるのも大いに結構じゃないか。

◆初夢・・・

瀬戸内海に浮かぶ島々での朝陽、夕陽が良く見える総合医療施設。

世界の億万長者が人生の最後を迎える、涅槃のような光景。

そこで、日本食を楽しみながら晩節を迎える。

海外からのアクセスは心配いらない。

専用ジェット機、専用ヘリを持つ彼/彼女らが専用滑走路、専用ヘリポートを作るから。

医療スタッフも一流、介護スタッフも一流。語学もAIがあれば問題ない。

一流の医療技術、看護/介護のこまやかな愛情に包まれた施設で人生最後のひとときを迎える・・・

億万長者の終焉の地としての日本。

ブームになるかもしれない。

(学23期kz)

江戸木目込人形

明治神宮 ②記念の建物

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

靖国は春の桜が有名だが明治神宮は常緑の杜で、参拝は初詣の正月。

明治神宮は明治天皇・皇后を祀り、明治時代を記念する目的で建てられた。

◆明治時代を記念する

明治天皇の崩御を機に、御成徳を祀り、明治時代を記念する建物を建てようという声が湧きおこる。

旧来の伝統的な日本社会から新時代の幕が開いた明治時代。

様々なことが起きた激動の時代だ。

維新、憲法制定、戦勝、そして世界に日本国がその名を知られるようになった新時代だ。

大国ロシアに勝ち、アジアの小国日本が欧米列強国に並ぶ近代国家の仲間入りをした。

また明治天皇は、立憲君主として崩御した最初の天皇でもある。

昭憲皇太后(大正3(1914)年崩御)も、欧州の王侯貴族・貴婦人と対峙できるよう近代女子教育を振興し、社会事業の発展、国産の奨励等に尽力、皇后として史上初めて洋装をしたお方として知られる。

このため、記念のものを作ろうという機運が起こり、天皇陵を東京に造ってはどうかという意見が出てくる。

◆東京での造営

明治45(1912)年7月30日、明治天皇が崩御。

10日前の7月20には、明治天皇が尿毒素で重体であることが発表されていた。

崩御された7月30日当日、東京市は臨時市会を招集し、宮内次官に面会し「天皇陵を東京へ」との要望を出している。

次のように素早く陳情に廻っている。

・天皇崩御の翌7月31日には元老の松方正義、井上馨を訪ね、陳情。

・翌8月1日には宮内大臣、宮内庁次官を訪問。

・同日、渋沢栄一、東京市長の阪谷芳郎、日本橋区会議長の柿沼谷蔵、東京商業会議所会頭の中野武営らが「御陵」の件で商業会議所に集い、打ち合わせ。

・翌8月2日、西園寺公望首相、原敬内務大臣に陳情。

・3日、山縣有朋に陳情。

こうした陳情は、渋沢栄一も同じ相手に行ったようだ。

というのも、東京市長である阪谷芳郎の妻琴子は渋沢栄一の次女なのだ。渋沢栄一にとって阪谷市長は義理の息子だ。

実業界の渋沢、官界の阪谷。この両輪で御陵を東京へとの陳情が行われた。

◆天皇のご意思

8月に宮内次官から次の発表があった。

大喪を青山練兵場(現・神宮外苑)で行うと。また、天皇陵が早くに東京に決まれば、それで事態は収まったのだが、そうはならなかった。

大きなハードルがあった。

天皇ご自身、「陵は京都へ」というご意思を表明されていたからだ。

天皇の京都滞在時、「陵は京都」と述べられたのを展侍が書き留めていた。

天皇のご意思であれば、「陵は京都」・・・これを変えるわけにはいかない。

それならば明治天皇を祀る神社、すなわち「神宮」を東京へ、ということに相成った。

また、神社のほかに付随して記念すべき建物などの造営をも目指すことになった。

つづく

(学23期kz)

追記

明治天皇は京都で生まれ、東京で崩御、京都に葬られた。

これに対し大正天皇は生まれも崩御も東京で、多摩陵に葬られている。

明治天皇
昭憲皇太后

語学の極意?

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆”マッサン”の再放送が始まる。余市にあるウイスキーメーカー創設、マッサンとエディさんの一代記だ。 
マッサンの妻役がエディさん。

マッサンがスコットランドへウイスキー研究の為に留学、そこでエディさんに出逢い、そして来日し、日本で生活する。

◆日本語がもとより喋れる必要はない。しかし、番組が進んでいく中では、科白としての日本語でなく、拙い、そして辿々しいながら”日常会話”としての日本語が要求されてくる。

日本語が全く喋れなかったエディさん。朝一番の「おはようございます」は「オハイオでポテトが育つ」と言う音に置き換えて覚えたと言う。
40数年前、「掘った芋、いじくるな」と言うアイスクリームの商品名があった。「what time is it now?」の音を日本語風に置き換えるとそうなると言われていた。少し早口で10回位、取り敢えず唱えると、もう日本人による和製英語から卒業し、最後にはそれらしいスピード感ある”英語”に聞こえるかも知れない。
因みに「オハイオでポテトが育つ」を10回早口で言っても、自分の耳では「おはようございます」には遠い様だ…(笑)
しかし”賽は投げられた”…もう川を渡るしかない、事は始まったのだ。

エディさん役を演じた女優さんが言う。”あの1年は100年分を生きた感じがする”と…

◆外国語の極意はシャワーの様にその国の言葉を浴びる(中途半端に周りに同国人が居ないのが重要)、また恋人がその国の人にたまたま出来る、そして食事で言うと、何より自分の食べたいものを自分が食べたいと相手に伝えたいと言う”必要の母”が舞い降りてくると世界は一変するとも聞く。

そして、外国語が自由に扱える水準に達する頃にはその外国語で会話をしている姿の夢さえ見ると聞く。(全くの未体験ゾーンなのでその真偽は定かではない) 

◆同窓の元商社マンがある事を教えてくれた。もとより商社マンだから、英語は出来て当たり前なのかも知れない。(この世間の一般的常識の為にも血の滲む努力をされているのだろう)
彼はもう一カ国語スペイン語も出来るようになったと言う。

どうして、出来る様になったと?尋ねると彼曰く、「ある国で商売上は勿論、自らの命や権利を守る為には語学習得は不可欠な国がある。命をかけてみろ!(命をかける環境に置かれてみろ!)。言葉は必ず身につく」と…

先のエディさんも”1年で100年生きた”のだ。

◆バブル期、メーカーの人材と言えども片言の英語でなく、流暢な英語を求められる時代があった。
時代はグローバルになった。今は足元もしっかりと言う事でグローバルとローカルを併せ持つ”グローカル”と言う言葉すらある。
日本語の世界に限って言うと”所謂共通語と地方の訛り言葉”を自由自在に扱う事になるかも知れない。(実は東京の人と言っても、共通語の日本語と東京の人が使う日本語とは違う)
地球人と日本人、その言葉は一般的に使用されている共通語と癖の強い訛りとなるかも…

しかし、基礎は癖の強い訛りにある。

◆小学校時代、副読本として使ったのが「にほんご」。
日本語教育に熱心だった先生が教えてくださった、時枝文法に基づく「にほんご」。
「象の鼻『は』長い」の二重括弧の『は-が-も』を大切にする。
中学生になって英語の授業の時も、文法の理解の大きな基礎となっていた。
やはり、語学の極意は自国の言葉にあるのではないか?と…
四捨五入するともうすぐ”アラ70″になる地方訛りは思う。(ただ惜しむらくは、地方の訛りは強いままだ)

(岡山B)