ゼミ仲間の新年会

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

◆ゼミの同期有志の会食会

定期的に集っており、昨日は季節柄「新年会」という位置づけ。

今年のゼミの新年会会場は「四国88屋」。

東京駅丸の内側、新丸ビルの近くだ。

東京駅から近いため、来るのに便利。

・・・ということは帰りも便利。

◆屋号の「88屋」とは四国八十八か所巡りに因んだものだろう。

正式な屋号は「四国味遍路88屋」とある。

料理は四国4県の海の幸、山の幸が売りもの。

高知のカツオ藁焼き、愛媛・愛南町の鯛、じゃこ天、酒は四国ナンバーワンの銘柄・梅錦、サワー類では徳島のすだちサワーに高知の文旦サワーもメニューに並ぶ。

ゼミ仲間には刺身が好評だった。

店には活気があり、お客さんには女性も多く、店員さんも若い。

◆この店の社長さんは鳳陽会32期の宮本氏(現在は今治在住)だ。

広島の地銀・H銀行OBの方。

一昨年広島で開催された鳳陽会全国大会でお会いし、この丸の内・88屋で一度会食したことがある。

もともと岩国出身で奥様も山大卒とのこと。

昨年12月には大手町に二号店を開業したというメールも届いた。

応援したくなる。

一度きりの人生だ、大いにご活躍願いたい。

◆この日の会は鈴木ゼミの新年会。

仲間の一人・K君(ファッションメーカー元社長)が、若かりし新入社員時代、広島の地で一緒になったM君(大手損保)に数十年ぶりに会いたいということで、同君に声を掛け、M君も合流してくれた。

今後、我々の会合に集ってくれることになったM君は山本ゼミの出身だ。

これが縁で、この先、山本ゼミとの「合コン」をすることにでもなれば面白い。

次回会合は桜の頃に開催。

学生時代に一番モテたT君(銀座が本社の大手メーカー元重鎮)が幹事を買って出てくれ、会は続く。

(九州育ち)

四国味遍路88屋 丸の内店

『何とか活』をAI先生に問うてみたら・・・

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆『何とか活』・・・『活』とつく活動をざっくり拾ってみよう。
所用で忙しいから(言い訳)、時短の為に、AI先生に調べてもらおう。文書を作成するのにAI先生に協力してもらうと、あっという間に答えを準備して、提示してくれる。

ある研究をしている人が4年間労苦を積んで辿り着いた答えをAI先生は僅か30秒で準備してしまうと言うから罪作りだ。

◆主な「〇活」の例

就活・婚活・終活: 就職、結婚、人生の締めくくりなど、人生の大きな節目に関する活動。
妊活: 妊娠するための活動。
推し活: 好きなアイドルやキャラクターなどを応援する活動。
腸活・温活・美活: 健康や美容を目的とした活動。
ラン活: ランドセルを購入する活動。
ポイ活: ポイントを貯める活動。
ソロ活: 一人で楽しむ活動。

と回答をしてくる。

何でも+「活」とつければ、言葉が出来そうだ。

(筆者が学生時代(40数年前)、”就活”と言う言葉は存在していなかった。就職活動は就職活動!”学チカ”と言った言葉もない。ほぼ、よく遊び、よく学べであった。・・・)



◆最近のラジオで耳にしたのは、「ぬい活」と言うやつだ。

その話は”ぬいぐるみを介在した活動”だと言う。驚きだ!


男女を問わず、高校生のリュックに群がるように小さなマスコットをぶら下げているのを見かけることがある。おじさんのリュックにもそういえばぶら下がっている。
「ぬい活」とは、ぬいぐるみ(ぬい)と一緒に写真撮影をしたり、服を着せ替えたり、カフェに連れて行ったり、旅行に行ったりする活動の総称をいう。推し活のひとつで自分の「推し」のぬいぐるみを常に身近に置き、そしてその存在を感じ、日常をより楽しくすることを目的とする。

具体的な活動についてもAI先生は整理してくれる。
ぬい撮り(ぬいぐるみ撮り): ぬいぐるみをおしゃれなカフェや観光地、イベントなどに連れて行き、一緒に写真を撮ってSNSに投稿する
着せ替え・コーディネート: ぬいぐるみ用の服やアクセサリー(帽子、靴など)を着せ替え、自分好みにカスタマイズする。
ぬい旅(ぬいぐるみ旅行): ぬいぐるみと一緒に旅行へ行き、その様子を記録する。「ぬいママ」と呼ばれる持ち主が、旅行に連れて行くサービスも。
イベント参加・食事: ぬいぐるみと一緒にイベントに参加したり、ぬいぐるみ専用メニューがあるカフェで食事を楽しんだりする。

◆「ぬい活」の背景・魅力は次のようなものだと紹介されていた。
ぬいぐるみを愛するその人、その関係性においては、安心感や一体感を得られる。自分らしい世界観を表現できる。他の「ぬい活」愛好者と交流し、情報を交換したり、共感し合ったりする楽しさがある。

ラジオの中で紹介された話は、500円のぬいぐるみに 50万円の補修をして、そのぬいぐるみと過ごした時間を大切にする。修理には1カ月かかると言うから、人間がちょっとした手術をした場合、入院1か月、自己負担ではない医療費の総額が50万円・・・をすら連想させる。
あるホテルでは、ぬいぐるみ 一泊300円 の追加料金を払えば、パジャマ、布団を用意して、宿泊もできる。何やら夫婦で宿泊予約を入れるとき、同伴した幼児の追加料金の感すらある。

◆最後に・・・

しかし、嘆く事勿れ!

やはり、AI先生は過去の経験値の集積での答えは出せるのであろうが、その人その人に相応しいテーマを設定する、敢えて言えば命題設定が得意である様には思えない。人に得手・不得手があるようAI先生ともうまく付き合えば良いのだろう。

厚木市制70周年記念講座に参加

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】


◆市制70周年のイベントの1つの毛利氏公開講座に厚木市のあつぎ郷土博物館迄、品川区大井町から片道3時間掛けて行って来ました。
定員80名のところ多数の応募があり、抽選となり当選しました。
厚木市は一昨年の10月13日以来、久しぶりでした。

日時 1月25日(日)13:30~15:30
場所 あつぎ郷土博物館(厚木市下川入)
演題「長州藩毛利家の歴史と文化-展示の資料から-」
講師 柴原直樹氏(毛利博物館館長(防府市))

◆冒頭、主催者の山口貴裕厚木市長からご挨拶がありました。
講師の柴原氏は実にユーモアがあり、笑いの絶えなく、一気に2時間余りの熱弁を振るわれました。
これ迄、毛利氏講座は厚木に於いて何回か受講していましたが、私に取って総復習の良い機会となりました。
又、新たに毛利元就以降についても語られ、大変勉強になりました。
講師の柴原氏は毛利氏発祥の地の厚木市は勿論、神奈川県に降りられたのも今回、初めてとのことで、吃驚しました。

◆私は受験の日本史は得意でしたが、歴史物はこれまで殆ど興味がなく、厚木毛利氏プロジェクトの講座に参加し、大河ドラマの「鎌倉殿の13人」の取り分け大江広元に興味を覚え、並行して縁のある鎌倉市や厚木市を探訪して来ました。

◆講師の柴原氏は広島県福山市のご出身で、広島大学教育学部、大学院を経て、毛利博物館に学芸員として入られて30年、専門は中世史とかで、私の小学校時代の恩師が福山市鞆の浦の出身で広島大学教育学部卒で、縁を感じました。

◆前日には厚木市文化会館にて厚木市主催の厚木フォーラム「はじまりの物語、厚木発見!」が開催され、当初募集人員370名の小ホールでの開催予定を大ホールに変更し、1,400名の来場者があり、この1年間で大きく動き出しているようです。
(学22期 Y・Y)(会社法、永倉ゼミ)
※コメントを宜しくお願いします。
①トピックス末尾の「コメントを残す」欄から。
あるいは
②私のメールアドレスへ
0rb6672r388367t@ezweb.ne.jp

「ジュグラー波」と家電の寿命 ①山本英太郎先生登場

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆今日の家電のお話には、経済変動論ご担当だった山本英太郎先生に登場戴こう。

(仮想ゆえ、数々の失礼、ご無礼は顧みず話は進む)

キン~コン~カン~コン~♪  キン~コン~カン~コン~♪   ほんの少し遅れて、ご登壇。

【では、今日はさっそく経済変動の中で、景気循環の波について講義を始めてみましょう。

(厚狭のお生まれであったはずなので、本来なら抑揚をつけた正調山口弁で名講義は進む)

 景気循環は、周期の長さとその要因で分類されています。それぞれは景気循環の発見者の名を取って次のように分類されています。     {ここできっと板書書き}

それは、キチン・ウェーブ(在庫変動に伴う)、ジュグラー・ウェーブ(設備投資に伴う)、クズネッツ・ウェーブ(建設需要に伴う)、コンドラチェフ・ウェーブ(技術革新に伴う)とそれぞれの波(wave)が存在します。  

それぞれは、3~4年、約10年、約20年、50~60年の周期を持ち、経済活動の短期・中期・長期の変動を示しています。これらを合わせて「景気循環の4大波」とも呼ばれています。・・・・・・・】

仮想の講義はここまでとする。山本英太郎先生の経済変動論は、ゼミ生だった中村保先生に、そして馬田先生へと繋がれていったはずだ。(特に中村保先生は在学当時から知っているので「たもつ」と呼んだ方がむしろしっくりくる)

◆本題の家電! 

一昔前の家電は修理をしながら長く使う、ある意味で言うと“家電”でありながら“家宝”であったかもしれない。しかし、今の家電は電子部品化され、基盤(頭脳)が運命を決める。手足が元気でも頭脳の部品供給が終了した時点でその命は尽きる…(各々のメーカーは生産終了時より部品供給年限と言う業界内のルールを設定している)

今回の景気循環の波とつながる家電は“洗濯機”である

我が家ではほぼ10年おきに買い替え更新をしている。家電メーカーにとっては有り難いユーザーなのか・・・

(つづく)

山本英太郎先生 逝去年月日は昭和62(1987)年7月24日
クレマン・ジュグラー(1819-1905)

随筆 横目で眺めた経済学 21 人口減とベッカー教授

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

◆24年の合計特殊出生率が1.15、東京都は0.96となり既往最低の値となった。

人口のトレンドは経済変動と異なり、静かに確実にやってきて、その流れが近い将来に反転することはまずない。

人口減少のインパクトは各方面に及ぶ。

足元の計数が狂うと、この先10年、30年、50年先の人口予想図が変わる。

当然ながら、先に行くほど大きな誤差が生じる。

経済はもちろんのこと、社会保障などの制度にも影響を与える。

賦課方式中心の年金給付は将来切り下がることにもなろう。

◆これまでに何度人口推計が下振れたか。

人口推計などは中位推計のほかに上振れる高位推計、下振れる低位推計もあるが、総じて期待を込めて楽観的な計数が多用される傾向がある。

社説では「一刻でも早く対策を」という。

地域も職場もと。

働き方改革、長時間労働是正、育児教育費の無償化。

これまで一体、何本の対策が打たれ、予算がいくら使われたのか。。

ほとんど効果はなかった感がある。

その度ごとに綿密に検証されたのか。

そうでなければ、税金の無駄遣いとなる。

岸田政権でも「異次元の少子化対策」と称する対策が打たれたが、効果が上がったとの声は上がってこない。

外国でも少子化の流れは止まっていない。

トランプ政権では、さぞや奇抜な少子化対策が検討されているのかと思いきや、昨年4月下旬に浮かび上がった策は5千ドル(75万円)ほどの「赤ちゃんボーナス」という陳腐なものだった。

◆ゲーリー・ベッカー教授

ミクロ経済学を武器に社会現象の解明を試みるシカゴ学派の大御所でノーベル賞経済学者のベッカー教授。

※結婚するか、しないのか。

女性は教育費を掛けて高学歴化し、広く社会進出を果たし、重責を担うポストで高所得を得る者も多く出てきた。

高学歴の女性には、結婚を先延ばしにしてキャリアを追求するインセンティブがある。

最近ではテレビで女性の大学教授の活躍が目に付くし、大企業でも女性のトップや重役が活躍する報道がなされている。

こうなれば、復職するにしても結婚や育児に機会費用は増える。

高学歴、高収入の職に就くほど機会費用は高くなる。

こうした状況では結婚が遠のくことになる。

※子供を持つか持たないか

また、ベッカー教授は子供の数と質の間にはトレードオフの関係があるとする。

すなわち、子供が少なくなれば子供一人にかける教育費は多くなり、子供を産み育てる費用が高くなり、費用を回収することが容易ではない。

こうした状況では、子供を多く産み・育てるインセンティブは湧かない。

◆周りを見ても結婚を決断するものが少ないとなれば、結婚に対する脅迫観念は薄れ、結婚せずにペットや押し活が常態化する。

インターネットに載っていたことだが、ある識者の見立てでは、「結婚の年収の壁」があり、この壁が2024年には550万円(中央値、以下同様)になったという。つまり、年収が550万ないと結婚を諦めると。

また「子供を持つ年収の壁」というのもあり、20代で525万円、30代で620万円になったという。

平均値ではなく中央値なので、より実態に近い値だろう。

実際、これ以下のものは結婚を諦め、子供を持つのを諦める者が多いということか・・・

◆子供を持つのは自由だ。実体験として大変だと思う。

カネもかかる。

授業料が無料になっても入学金、学校納付金、通学費、塾代、図書費、部活費、修学旅行積立金、小遣い費など。

カネのことは別にしても、子供を育てるのは大変だ。

まず五体満足で生まれてくるか否か。

そうであっても、子供には多くの懸念要因を克服する必要がある。

子供の時には感染症などの病気。

このほか、いじめ、不登校、学習障害、発達障害など各種障害、事故

高校・大学になると、犯罪を招く交友関係やアルバイト先の回避、就職問題。

私の同級生は一人娘を欧米の大学に何千万円もかけて留学させた。

そうした場合、親としても娘が一流企業に就職し、すぐに結家庭に入るのではなく、社会的にも活躍してほしいと願うのは当然だ。

何千万円も教育に掛けたのだから、親も親戚に誇れる一流企業に就職してもらいたいと願うのは人情だ。

多額の教育費を掛け、一流企業でスキルアップを図っていくこと。

ベッカー教授によれば、これが結婚の機会費用を高めるとする。

女性の高学歴化、社会進出は望ましいが、これがどうすれば少子化の要因にならないようにするか、知恵の出しどころだ。

(学23期kz)

故 ゲーリー・ベッカー・シカゴ大教授(ノーベル賞受賞者)

“あの人に会いたい”・・・上條恒彦氏

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆1.24今朝放映された“あの人に会いたい”は上條恒彦さん。
バリトン歌手、声優、そして、渋めの役者さんだ。

歌では、”旅立ちの歌”、”誰かが風のなかで”(木枯し紋次郎のテーマ)とくれば、ある年代の人ならつい口ずさんでしまう(笑)

ミュージカルでは、屋根の上のバイオリン弾き、ラ・マンチャの男
役者としては、金八先生、秀吉とくれば、あの存在感のある名脇役だ。

◆若干2歳にして父を亡くすと言う境遇にあっても、その家庭は歌好きの家族で、歌声が絶える事がなかったという。

役者を目指し、上京するも3食が食えない生活…
根っからの大声を生かして、当時流行っていた歌声喫茶の店の呼び込みで生計をたてていた…

ある人のアドバイスがある。
“役者で3年勉強しても食えるとは言えないが、歌を真剣に3年勉強すると食える様になるぞ…”

◆そのアドバイスを生かして生まれたのが”旅立ちの歌”♪
歌詞には”さぁ~今、銀河の向こ〜うに、飛んでいけ〜”とある。上條恒彦さんの中の銀河を飛び越えたのだ。
そして、その歌は今音楽の教科書にも載る合唱曲の名曲♪

“歌”の世界が”ミュージカルの世界”を開き、元々志しにあった”役者の仕事”も生業とする。
上條さんの人生に回り道はあっても無駄な経験はない。

あるインタビューで語っている言葉も良い♪
「失敗したことを何時までも考えるのでなく、あしたのことを思って生きること、それがいいんじゃないかな…」と。
低音バリトンの野太い声で強く生きた人である。

(岡山B)

親爺の俄(にわか)料理

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆定年後の脳活も含め、男性向けの料理教室も結構繁盛している

昨日スーパーに立ち寄ったら、”金目鯛”が待っている
よし、よし、我が家に連れて帰ってあげるよ!

親爺好みの親爺による”俄”料理教室の始まり始まり

◆肴特有の臭み取りに熱茶をかけると尾びれが生きているが如く跳ねる

煮汁の仕込みには酒だくをベースに濃口醤油に砂糖味醂生姜で味を整えると、あとは金目鯛さんには申し訳ないが煮汁にダイブして貰おう…
煮立った煮汁に金目鯛さんが馴染んでいく 旨みを増すには長葱しかない


白身と青身の葱に金目鯛の旨みを移し、また反対に金目鯛にその香と甘みをのせる
本当は木製の落し蓋でさらに金目鯛の身に味を馴染ませたいところだが、そこは親爺料理…アルミ箔を纏い、代役を果たして貰う
細かな泡がふつふつと…その箔の内で仕事が進む

煮崩れに気を配りながら、えぃやぁ~と一気に天·地返しだ(笑)
弱火で炊き上がるのを待ちながら、呑むのも良い!
さぁ~て、出来上がりは如何に?

めしあがれ!

◆加味)
我が家ではほぼ40年前、人体実験に近い状態から始まったカミさんの料理…
飼いならされたか、”様々な意”でその軍門に下ったかは知らないが、いいかげんだったのが、良い加減に進化していく!(笑)

親爺が厨房に入る、また厨房に立つ日が来るとは…想像していなかった
これからの平均余命を考えるとまだまだ”様々な意”の修行が続く…


◆追記

名古屋にいる中学生の時からの親友は既にリタイアしていて、料理にも精をだしている
彼に言わせると”天地返しは邪道だぁ〜!(笑)煮汁をかけ続け、仕上げていくのが”仕事”になる”と言う
 
つい時間を惜しんでしまい、天地返しに頼ってしまうようでは、まだまだ初心者だ…

(岡山B)

健康指導の“ 待ち人”さま

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆年末に職場の仲間と人間ドックに入港…

30代から始めた人間ドック、偶々父が早逝していたのでその享年を先ず越えるのが目標だった。

(佐田啓二の息子、中井貴一も思いを込めてつくづく語っていた)
あわよくば、その倍と望んでも傘寿におさまる。

加齢とともに、診断書摘要の注意書き、行数は加速度的に増となる。その内に、先ずは”再検”要請が一つ二つ…それから”健康指導”と内容はより密になっていく。
嘗ての栄養指導が初歩段階とすると積年の内に毎年”恒例の健康指導”に至る。

◆生活習慣病…

胴囲が85cmを超えると候補に先ずはリストアップされる。さらなる他の係数が数件該当すると、健康指導当確となる。
これはきっと悲しむべき事項なのだろう。
一方、古希を数年後に控える様になると看護師さんの健康指導さえ、嬉しい、”待ち人”になるから可笑しい。

隔年の脳ドックまで追加検査に入れる御仁から、追加料金の要らない費用重視の御仁まで幅があっても、余り大差が無いのも、いと”おかし”なのである。

◆待ち人まで昇華した御仁は、健康指導の時の次に連絡する日まで記憶に刻んでいて、連絡に遅れがあると「連絡あった?」と…
無頓着のべらぼうは ”あぁ…そう言えば…” のレベルだ。

しかし、予想もしていなかった待ち人からの電話はそこはかとなく嬉しい(笑)
やはり、古希だ。そして、喜寿に向かう。

経験から健康指導の待ち人に脈を探ったら、どうも本命は”僕の様”…
健康指導の効果測定をやってみたい、それだけやり甲斐のあるモルモット?なのか…(嘆息)

丙午スタート ~平和な時代を心から祈る~

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

(学37期 上野 啓)

◆今年は60年に一度の丙午。(ひのえうま)

前回の丙午、昭和41年はまさに私の学年。

丙午に生まれた女性は、気が強く家庭を滅ぼすという、全く科学的根拠のない迷信から、昭和41年生まれは新生児がその前後と比べて20%以上少なかった。

(同級生の女性は穏やかで優しい人揃いです)

その恩恵で、高校入試、大学入試の倍率は低く、福岡の県立高校受験は1.1倍、山口大経済も1.8倍という倍率であった。さらに就職はバブル世代のど真ん中、体育会でもなく、英語もできず、バイトと飲み会に明け暮れ、優が2つしかない私でも大手企業からたくさんの内定をもらえた。(ラッキー人生)

◆こうした競争する環境のない学年で育った事もあってか、丙午の同期の絆は、中学、高校、大学、社会人を通して、思いの外強い。 

その仲間達と、今年は還暦祝いのイベントがたくさん企画される(企画する)事になりそうだ。

還暦イベント第一弾は、福岡の高校の同級生で北海道エスコンフィールドに集い、日ハムvs ソフトバンク戦を観戦しながら、還暦祝いをしようという企画。同級生が日ハムの役員になったこともあり、早々にチケットを手配してくれた。

ソフトバンク戦という事もあり、福岡はもちろん全国から家族帯同で北海道に観戦する同級生も多くすでに30余名の参加表面があった。

敵地北海道エスコンフィールドで博多弁が飛び交うのを今から楽しみにしている。

◆いわゆるジョブホッパー(転職を重ねる)の私であるが、キャリアをスタートとした日系化学メーカーの同期メンバーとの繋がりは今も深い。(わたしの在籍はわずか3年)

 38年前の入社式での社長訓示は100名を超える新入社員を前に「ここにいる全員が30年後は社長になれる。これから我が社は子会社を300社作る」と豪語していた。

その後、その会社は合併や事業売却で残念ながら入社式の社長訓示を実現できた者は誰もいない(笑)

理不尽なことに耐え、酸いも甘いも嫌と言うほど経験したバブル全盛期の同期と、サザンやユーミンのBGMが流れる中での還暦イベントはお互いの慰労とセカンドキャリアを語る場になるであろう。

◆翻って世の中は、新年早々あちこちで分断と対立が顕在化している。

力(軍事力と資金力)があれば倫理(Ethics)は関係ないという世界観が蔓延してきた。

私の母方の祖母は1906年の丙午生まれ。

戦前に満州に渡り、そこで終戦を迎え、私のお袋(当時13歳)と乳飲み児の叔母(当時1歳)を含め4名の子供と命からがら引き揚げ船で仙崎に帰国した。

その後も続く食料不足の飢餓の日々を生き抜いた。

私の親父(16歳で海軍予科練に入隊、人間魚雷回天の搭乗直前で終戦)もまた戦争の悲惨な時代を軍隊の中で生き抜き、戦争のない世の中を心底望んでいた。

◆そして今年、甥夫婦に生まれる子供も丙午。

私の祖母から5世代を超えて引き継がれる丙午生まれである。

日の出山(東京、奥多摩)から拝んだ初日の出のご来光に「男の子でも女の子でも、生まれくる赤子にとって本当に穏やかで平和な日々が続きますように」と切に願った。

丙午還暦イヤーのスタートです。

写真は 今年の初日の出と北海道エスコンフィールド

明治神宮 ③神宮造営に向けて

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年1月 トピックス】

◆明治天皇を記念するもの・・・東京での造営・・・

この動きを推し進めたのは、すでに述べたように、渋沢栄一、東京市長の阪谷芳郎、日本橋区会議長の柿沼谷蔵、東京商業会議所会頭の中野武営たちだ。

ここをもう少し詳しく見てみよう。

◆明治天皇の崩御が明治45(1912)年7月30日だった。

いち早くアクションを起こしたのが7月に市長になったばかりの阪谷芳郎・東京市長だ。

阪谷芳郎(さかたによしろう)

備中(岡山)出身。

大蔵省入省、主計局長から大蔵次官へ。

退官後まもなく政界に転じ、第一次西園寺内閣で大蔵大臣に就任。

明治45(1912)年7月に東京市長になった人物だ。

渋沢栄一の次女を娶ったことは既述したとおり。

◆関東の候補地

明治天皇を記念する造営物をどこに建てるか。

全国から候補地の名前が挙がっていく。

東京では代々木御料地、青山練兵場のほかに都心では陸軍戸山学校敷地、駿河台、目白台、小石川植物園、芝三光坂付近、都下では井の頭公園、多摩川上流、御嶽山(青梅)など多くの候補地が挙がった。

他方、東京の近隣県では埼玉では大宮、朝日山など4か所、茨城が筑波山など2か所、神奈川が横浜、箱根の2か所、千葉が国府台、静岡が富士山など、候補地が少なかった。

このため、関東に造るなら東京、明治天皇の住まいのあった東京ということになっていった。

また、なぜ東京・青山か。

青山の練兵場であり、大喪の会場となったところで、大喪の会場の保存も兼ねてそのまま神社にしようというものだった。

そして早くも崩御(明治45年7月30日)の2週間後、8月12日には東京商用会議所で造営の骨格を決めている。

・内苑は代々木御料地で国費、外苑は青山練兵場で、献金で賄う

・外苑には記念の諸施設を建造

伊勢神宮に匹敵するような「雄大、荘厳」のような施設がイメージされていた。

(学23期kz)

阪谷芳郎 子爵