山口大学経済学部同窓会
鳳陽会東京支部
【2026年5月 トピックス】
◆東郷は「運が良い男」、「強運の持ち主」ということになっている。
しかし、東郷は戦うに当たり、緻密な計算をしている。
運に頼って戦いをする男ではない。
◆東郷の確実な勝算の根拠
勝敗の決め手は、ずばり「兵力差」だ。
艦砲の命中率と砲弾の威力で測定される兵力。
敵方との差をどこまで広げることができるのか。
圧倒的な兵力差があれば、負けるはずがない。
両艦隊の大型大砲(大口径砲)と射程距離の短い中型大砲(中口径砲)を比べると、大型はロシア勢が有利だが、中型を含めて考えれば日本側が優勢だ。
この優位さを活かすには、中型大砲の射程距離が有効な5000メートル以内まで接近した戦法をとる必要がある。
東郷は実際の兵力差を次のように計算した。
艦砲は発射速度によって命中率が異なり、発射速度が早ければ命中率が高まる。明治37年の日露黄海海戦で大打撃を受けたロシア軍艦の艦砲の発射速度は日本の約3分の1であったと計測されている。
日本の艦砲358門、ロシアの艦砲245門。
このため日本の実質的な艦砲は358門の3倍、すなわち1074門と勘定できる。
これに対しロシアの艦砲は245門。
このためロシアの砲力は245/1074=23%、すなわち日本の約4分の1弱と計算される。
次に火薬。
日本の砲弾の火薬は「下瀬火薬」だ。
帝国海軍の技師・下瀬正充が開発した「黄色火薬」はロシアを含め他国海軍が使用していた炸薬の「黒色火薬」よりも2倍の爆発力・発火力があった。
下瀬火薬・・・大げさなようだが「まるで鉄板も燃焼させるほどの火力を有していた」ともされる。
下瀬火薬の威力が敵の2倍とすると、ロシア艦隊の砲力は半減し、日本の12%にまで落ちる。
それでも東郷はこうした数字の上での優位に満足せず、明治38(1905)年2月から5月にかけて猛訓練をし、艦砲の命中率を3倍に高めている。
これによって、ロシアの艦砲の兵力は日本のわずか4%という計算が成り立つ。
さらに東郷は駆逐艦、水雷艇隊の猛烈な夜襲電撃訓練で魚雷の命中率を数倍高める技術を磨いていったという。
◆こうした鍛錬の下、作戦計画は愛媛・松山出身の秋山参謀が立案したという陣形で戦う。
バルチック艦隊を迎え撃つ陣形が「七段の構え」で、その決め手が敵の前路を抑えて逃がさない「丁字戦法」だ。
しかし、こうした作戦を練り上げて、実戦に用いるためには、勘と度胸と鍛錬が必要だ。
チーム東郷はこれによって「確実な勝算」を得、それを「確実に実行」してバルチック艦隊をほぼ全滅させ、日本を勝利に導いた。
・・・「運の強い男」、東郷・・・
逆説的に言えば、「運の強い男」になるには、泥臭く、自分の納得がいくまでトコトン鍛錬に鍛錬を重ねる努力が必要なのではないか。
血と汗を流して、微かな運を手繰り寄せていく鍛錬の連続。
こうした鍛錬こそが、東郷平八郎を強運を浴びた「海の守り神」に変えた。
つづく
(学23期kz)

