山口大学経済学部同窓会
鳳陽会東京支部
【2026年7月 トピックス】
岡山支部 岡山Bさんからの投稿
◆「とも」
「有朋自遠方来、不亦樂乎」
書き下し文で言うと”朋(とも)遠方(えんぽう)より来(きた)る有(あ)り、亦(また)楽しからずや ”となる。
『論語』の冒頭(学而篇)にある有名な一節だから、同じ学び舎にあって、(同じ勤めにあって)旧来からの付き合いが大切となろう。そして、遠来からの友との交わりを楽しむ姿がそこにある。
◆先般6月20日大阪支部主催の鳳陽会総会、その後の懇親会は将にそれに相応しいひと時であった。
来賓の古賀学部長のご挨拶は、従来にも増して旧高商系の学なびの系譜を大切にすると言う一つの決意表明でもあったようにも感じられる。また学長、霜仁会、常盤工業会等からのご来賓も戴き、山大の連携を深めるものであった。
総会は、現在置かれている鳳陽会を取り巻く環境の厳しさを数字で、言葉で語り、そして、それを憂慮する鳳陽会同窓各位。
少し歳は老いても、若き血潮の漲る先輩方々、今後とも存続繁栄を願う、そのこころ意気からの質疑は、熱のこもったものとなった。
◆懇親会に移ると商都なにわの雰囲気が炸裂した賑やかな懇親となった。当初の席はある程度卒業期毎のテーブルの集まりであった。
少し時間が経ち、場が和むと、期を超えて、クラブでの先輩後輩、支部を超えての支部間の交流、企業の中での先輩後輩が久しぶりの再会を喜ぶ。
また今の時代、卒業期は大きく違ってもSNS等を通じての知り合い同士の初の面談、歓談の姿もある。
各所で名刺交換も行われる。人の新たなネットワークが出来る貴重な機会である。
人生を豊かに出来るかもしれない、こんな貴重な機会を生かさない手はない。
人の交流の輪が、渦が各所で見られる。良い交流の機会であった。
(是を楽しむものは一層楽しむなり、それなりに楽しむものはそれなり楽し。
せっかく参加したんだから大いに楽しもうが肝!)
◆「とも」その1の場面 せっかく大阪に来たんだから・・・
総会前日入りし、入試の宿泊先加藤旅館以来付き合いのある大阪市岡高出身の理学部の友、同郷の経済学部の友、三人会。居酒屋で一献重ねながらの昼食会、場所を移しながらで軽く”8時間”。
コロナ前に開催して以来なので、かれこれ5年ほど経つかもしれない。しかし、大阪の二人は除いて、久しぶりに来阪した一人を入れても、上手く回る三人会だから面白い。(ここは敢えて、お・も・ろ・いと言ったほうが良いかも知れない)
三人とも第一線は退いたと言え、まだまだ気持ち、行動は現役時代そのもの。
一人は週何コマと高校の授業を持ち、そして、クラブ活動にも助っ人としてかなりの時間をかけ、情熱を持ち続けているもの、一人は就職アドバイザーとして大学で高校で、そして外国人との交流事業、市民問題にも行動力と情熱を持ち続けるもの、最後は山奥に日々入り、仕事と言うよりは健康管理の一環として山に登り続けるもの。
三者三様でありながら、二十歳前に学都山口で時を共有、そして学生時代から場面場面で時間を過ごしている。
社会人として、過ごした世界は全く違う三者。
ある一人の声を拾えば、”久しぶりに会ってはいるんだが、そんなに期間をおいて会っているような感じは無いね”と。
問わず語りでも時は有意に流れる。
今の学生気質、可能性がいっぱいある話。学生の進路を考えるうえで如何にアドバイスをしたら良いか?クラブ活動の危機に如何に取組むか?
外国の人に如何に日本を理解してもらったら良いか?日本文化の素晴らしさ。海外での勤務、旅行先での逸話・・・
腹を抱え、涙が流れそうになるくらい笑ったり、時には互いの言葉に自らの思索を深めたり。
場を移していくと、より深い話に。かなりセンシティブな価値観、歴史観まで胸襟を開いて素の自分で語り合える三人会は良い。
三者三様の立場、育ちの違いからユニークな意見交換が出来る。
これは、先に書いた”二十歳前に学都山口で時を共有、そして学生時代から場面場面で時間を過ごしている”この不断の交流のなせる業かも知れない。
ゲーテは「もっと光を(Mehr Licht!)」と言った。
もじって、もっと交わりを Mehr Begegnungen! (メーア・ベゲグヌンゲン)
⇒AIさんに応援してもらいました。
(蛇足 80年代クラス単位 ドイツ語は新田先生 この方は如何にも厳密、堅物のような第一印象、フランス語は平井先生。ちょっと優男の良い感じ♪
第二外国語は少し楽しようと 楽勝パターンと言われていた 中国語 、 小川先生、陳先生を狙って選んだら、ある罠が・・・
結局、人より長い期間中国語とお付き合いすることとなった・・・ 楽勝だったはずが、「落単」→「落胆」となったのは後の祭り。。。)



◆「とも」その2の場面 長~いぃ、長~い夜も、あっという間。。。
総会当日は支部総会にオブザーバー参加から始まり、総会、懇親会、 総会二次会を経て、その後に控えし”ゼミ同期との数次に渡る宴会”。
(もしくは正確を期すと延会)
小腹を膨らませて始まり、締めは同期の行きつけの店「えん」というお店、名前まで同期の友情に相応しい店で大盛り上がり(笑)
宿に着く頃はかぼちゃの馬車の締切時間が近い。
長~いぃ、長〜い、とは言っても友情の深さから言うとあっと言う間。。。気が付けば10:30~23:30。。。時間を共にした4人組(笑)
二次会以降は、前もってお願いしていた在阪の同期が全てを仕切ってくれる。時間、行く店、食べるもの、歌うもの。久方ぶりのご接待を受ける立場。
(ただし、親しき中にも礼儀あり、一応準備はしてくれていた(事前に大金を金融機関から下ろしてきてくれていた)がお財布まで全てご馳走になるような輩は一切なし。皆で楽しむ分、皆の財布から個々に資金提供(笑))
今回集まったのは同期ゼミ4人。優等生というのは別にいたとすると、優等生ばかりではない4人組、それでも実社会に出るとそれぞれの司・司で活躍してきているから不思議であったり、可笑しかったり。
第二外国語で中国語を専攻した関係か、先ずは中華料理屋。中国の大河の名がついた「揚子江ラーメン」を食した。何とも言えぬ癖のない旨さ、濁りのない汁。麺も細麺で旨い。今回の為ではないだろうが、是非同期に食してもらいたいと雨の中をタクシー移動したのちについた店。
既に懇親会、その二次会と話は尽きないくらい話しているが、もう一軒お奨めのスナックに連れていきたいと言う。大層きれいなママさんが歌を歌ってくれる、そのママさんの歌がまた良いのだと。今も勤務している職場にも近い店で、かなりの常連、開店前でもママさんに連絡を入れ、店を開けてもらおうとしてくれた。
入るとお馴染みの歓迎の体だ。カウンターの一番奥の席が定席なのか、そこに陣取る在阪の同期。学生時代より宴会部の成績順の並びの様、奥へ奥へそれぞれの席の並びが自然とできるところがまた良い。キープしているボトルが火付け薬だが、各自が大人として、上品に既にカウンターで楽しでいる。
期待のママの唄、色っぽい女を、可愛い10代の女も演じ、我々お客を楽しませる。持て男だった輩たちはママさん、店の女の子ともデュエットもする。
営業の修羅場を巧みに生き抜いた同期の一人は、ママさんから常連さんでも知らない情報をすらっと仕入れていた。やはり、情報戦を生き抜いてきた術なのか、あまりに巧み、そして当たり前のことのようにいとも簡単に。(笑)
翌日は元勤務先の同期会のゴルフコンペがあると言う在阪の二次会以降の幹事。この場に及んでは抜けるに抜けれない立場に(笑)
朝5時からゴルフコンペ仲間を車に乗せていく約束をしているそうだ。かぼちゃのタクシーで取り敢えず、同期三人をホテルまで送り届ける。
明日までの時間を確保するためか、遠路にある彼の自宅、 割増料金を刻むタクシーをメーターに熱い視線を送りながら帰路についたことだろう。
ありがとう! 在阪の同期くん! ほんとに ありがとう!





◆「とも」その3の場面 卒業旅行以来の少数有志による 成り行き任せのゼミ旅行
総会翌日は前もって計画していたゼミ同期(人数は小なれど…)との卒業以来のゼミ旅行に。
明日香を1日自転車で駆け巡りました。
飛鳥地方特有の”飛鳥の風”に吹かれ、心地良い1日を過ごしました。
ここもほぼ12時間…今朝気付いてみると、明らかに日焼けしています(笑)。
「とも」その2の場面より、一名減。少数精鋭と言えば少数精鋭だが3人旅に、あまりに寂しい。
(80年代半ばの北陸方面への卒業ゼミ旅行は、事前に旅行委員なども選定し、恩師も入れて17人の旅だった)
当初計画では奈良でゆっくり古跡巡り、そして今話題の旧奈良監獄所見学を考えていた。参加者の一人より明日香の石舞台を是非見たいとのご要望。それではと大人の解決方法で、少し朝早く起きて列車に乗って、三場所制覇を考えていた。
しかし、旅にはトラブル、ちょっとした事故はつきものだ。朝早く出発に合わせ、食事時間も前倒し、早めに宿を出る計画に少し狂いが生じた。こんなこととて、笑いに代えて、笑顔で次の変化に対応できる仲間がいい。
乗りなれない関西の私鉄、乗り換えを少なくする予定だったのを、少しでも先を先をと、きっと地元の人しかしない乗り継ぎ作戦に変更。
駅によっては、乗り継ぎの為に駅のホームをかなり歩かないといけないケースもあったがその頃までは皆健脚。次々に乗り換え。
飛鳥駅に着いた頃には、結構旅行した感がある(笑)。
駅前のレンタサイクルを利用しようと言うことになった。レンタル自転車が自分で漕ぐ自転車と電動アシストの自転車があることの紹介があった。直ぐに値段を聞いて判断をしたのは、大手金融界に就職したゼミ幹の彼だ。
「一日900円と一日1500円ですよ」
エコノミストの彼は「自分で漕ぐ自転車でお願いします」。即断と即決だ。生き馬の目を抜くような修羅場を歩んできた彼だからできる判断。
後は従うのみ。
しかし、罠はその先にあった。平地を漕いでいるときは少し風もあって、気持ち良い。これは束の間の時だった。明日香は意外と高低差のある場所に観光名所が散在する土地。立ちこぎをしてしっかりペダルに力を伝え続けないと坂、丘・・・この額の汗とかなりの疲労が無ければ、越えれないのだ。。。
さっそく、「失敗したなぁ。。。自転車の選択,,,」の声が漏れ聞こえる。山登りをしている一人は何とかなりそうな風だが、額には汗している。
学生時代の様に、平川周りを、湯田温泉から山口へ、そして遠路足を延ばした輩は宮野までの比較的平地を漕ぐとは明らかに違っていたのだ。
チョイス・ミス。。。大失敗!(笑)
亀石を、石舞台古墳を、飛鳥寺を、天武天皇・持統天皇 檜隈大内陵 を、 高松塚古墳、その壁画館(埋蔵されていた複製画が展示、盗掘された 古墳の 実物大の盗掘入り口展示)。
そして最後にキトラ古墳をとも声が上がったが、 もう既に 初老の三人には行く気はあっても”ペダルを漕ぐ元気がない”(笑)
そんな中でも石舞台古墳を案内してくださったボランティアさんには大変お世話になった。当初4人位がお付き合いで聞いている感じがだんだんその案内を聞く人が増え、最終的には20人ぐらいの団体になった。滋賀から当日ボランティアで案内をされている方であった。
団体の案内をしたのちも歴史好きの同期はそのボランティアを話で捕まえて離さない。(笑)
よっぽどその案内がツボにはまったのか石舞台となって今の現状だけでなく「古墳として存在していた古の原型としての石舞台まで見える」と言う。彼にしかわからない事だが、ボランティアの方は大変喜んでくださった。最後には特別に名刺まで戴いた。
(歴史好きの彼は、同期の我々仲間にゼミ旅行の感想を述べる前に、 きっと ボランティアの彼と熱い歴史に関するメールのやりとりをしそうである)
ある休憩所で、小腹を膨らませるために用意していたおにぎりを食んでいたら、ボランティアの彼も休憩に偶然その場に来た。
当然のように我々が食んでいたおにぎりの残りを差し出し、一緒に時を過ごすには何ら違和感はない。山口から広島から岡山から、それぞれ違うところからきているのに仲がいい、謎の三人衆の謎、最後の解説は歴史好きの彼がきっと種明かしをしてくれたと思う。
この辺りまでくると明日香だけで心も体も、そして疲労感も満杯となる。当初計画した奈良行きの予定は行程から外した。明日香村・・・少し難儀した自転車漕ぎも含め、嗚呼、何と楽しい、そして有意義な石舞台古墳ゼミ旅行であったことか!
また次の機会に計画されるであろうゼミ旅行は、今回の三人衆の珍道中の反省、轍も踏まえ、計画を練ろう。
そして、この珍道中は今回偶々不参となった同期にも様子を伝え、次回はより多くの参加者の喜びに変えよう。








