注射における 蜂の一刺し

 山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【20266月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

嘗て「蜂の一刺し」と言う言葉が時の流行語となったことがある。(1981年)
自分には大きな損害が及ぶかもしれないが自身の身を削りながらも強大な権力や組織に対して
強烈な一撃を加える様子を例えたもので、時の総理の地位をも揺るがした。

蜂ほど衝撃はなくとも、「蚊の一刺し」はなかなか厄介だ。

随筆『枕草子』の中「にくきもの」・・・
「ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊の細声にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく。羽

風さへ、その身のほどにあるこそ、いとにくけれ」

蚊の針を刺された時はわからないが、あとになって痒くなり、刺されたことに気付く。そして

赤く腫れると言う厄介なやつだ。

注射する際の注射針の挿入が「蚊の一刺し」になると有り難いものになるから不思議だ。

チクリと一刺し! 献血の回数を重ねていくとその施業する看護師さんの腕の良し悪しも分かる

男となる。そう、コーヒーの味の違いが分かる大人の男と同様、注射針の針先の動きが分かる男

となるのだ。

上手い看護師さんは構えから違っていることに気付いた。ある看護師さんのスタイルは、肩幅よ

り少し広めに両足を広げて、腰を低く構える。腕と針先との挿入するときの絶妙な角度、タイミ

ングを探っているのであろうか? 

看護師さんがこのタイミングと思ったと思われる瞬間、先ず針先が腕に、そして血管まで一気に

針先まで届く。

勿論、肌に異物が挿入されるので、神経はチクリとする。しかし、痛くないのだ。

注射針における”蚊の一刺し”! 池波正太郎の必殺仕事人に出てくる「梅安先生」版の看護師だ。

あまり上手くない看護師さんだと先ず針先が腕に、そして、それから針先が血管を探る、手繰る

ように動く。そうはしてないとしてもそうしていると感じるくらい痛い。

先の看護師さんの施業後の止血用のシールにほとんど出血の後がない。しかし、後者の看護師

さんの止血用のシールには小さな「血の丸」が。。。

”蝶のように舞って、蚊の様に刺す”、そんな看護師さんには身も心も、腕も採血も、全身全霊で

預けたい。

◆一方、その注射針自身も実は長足の進歩を遂げている。
採血用の針とは異なるが 約60万人の糖尿病患者がインスリンを自分で注射する治療をしている

その注射針の話。

ある医療機器メーカーは患者さんの痛みを和らげたいという思いで「痛くない注射針」を発案。

そもそも針を刺して「痛くない」針と言った発想から凄い。

その針開発に当たっては名だたる企業さんも含め100社以上に製作を依頼したが断られ続ける。

 携帯電話の小型電池ケースなども生産する会社、また金属の絞り加工で卓越した技術を持つ精密

深絞り加工の岡野工業に白羽の矢がたつ、そして、開発に尽力。

針の先端が蚊の口吻とほぼ同じ、外径200 μm、内径80 μm。そうなると蚊に刺されたと同様、痛く

ないそうだ。

理論的には不可能と言われた加工をステンレス素材のプレス加工で実現させた。

自分自身の拙いメーカー勤務の経験から言うと微細な金型加工が出来、そしてその型を準備する。

超薄くプレスしたステンレス素材を巻き、絞り込んで繊細な針に仕上げ、その加工品にはバリや歪

みのないプレス加工が出来る技術の高さを予想させる。

◆それを完成させたのは、東京東向島にある先の岡野工業という所謂町工場だ。

 先端わずか 外径200 μm と従来品より2割も細い微細加工で、「蚊に刺された程度の痛み」しか

感じない注射針。

開発までの期間は5年間というから将に根気のいる”飽きない商い”をして、初めて成り立つ商売だ。

当時岡野工業の岡野雅行社長は語っている。「意気に感じて作ったものが選ばれ最高」と。重い責任を背負って、又背負わされて押しつぶされるようになることがあるかも知れない。しかし、このやりがいのある仕事、そしてその完成品を 「意気に感じて作ったものが選ばれ最高」と語れる職人は職人冥利に尽きる。

しかし、あることも契機になったのか、今は岡野工業は廃業されている。日本のものづくりの盛衰が兎角言われる。世界に冠たる技術は大手にも 勿論多くあるのだろう。
その裾野を支える町工場、零細企業にもその意気が、その技術が確かに存在している日本である。
 「誰もできないことをやる。その挑戦の先に成功がある」とも語っている。

(岡山B)

One thought on “注射における 蜂の一刺し

  1. 岡山Bさん、学術的な文学的でもある素晴らしい投稿に感服です。
    参りました。

    先月の5/15(金)から3日間、東京品川病院(旧東芝病院)に入院していました。
    4人の相部屋でした。
    2日目の16日(土)は手術の為に当日は朝から緊張し、神経が昂っていました。
    朝から点滴をするのに担当の看護師では私は血管が細いので針を刺しても上手く行かず、5回位挑戦しましたが、他の看護師を呼びました。
    次の看護師も5回位挑戦しましたが、上手く行かず、次の看護師を呼び、2回位で漸く点滴が可能となりました。
    この間、40分位の時間を費やしました。

    私が3人の看護師に直接苦情を言う訳には行かないので、手術が終わって、その日担当となった看護師に言いました。
    昨年の8月から病院に通ったり入院しているのにどうして、私の血管が細いのは判っているのにそのデータを共有して、針を刺す時だけ最初からベテランにさせないのか。
    アレルギーがありますかとか必ず聞かれます。
    右手、左手にトータル10数回も針を刺されたのでは堪らないと。
    担当の看護師は決まっていて、あなたは血管が細いので仕方がないと。
    私からは代われとは言えないので、我慢しています。

    ということで、私は切れて、相部屋なのに大声で怒鳴り、もういいと卓袱台返しで帰るところでした。

    学生時代は山口日赤病院で定期的に献血をしていました。
    献血手帳に判子が押され、ジュースを頂くのが快感でした。
    後半は血液の比重が軽くなり献血は出来なくなりましたが、60代に胆のう摘出手術をした時に献血手帳を有効に使いました。
    山口日赤病院の献血仲間ですね。(笑)

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