大相撲名古屋場所を終えて

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】

◆五月場所全休で大関から関脇に陥落した安青錦の10勝以上挙げて一場所での大関復帰なるか、横綱大の里の強行出場の行方、前場所準優勝に終わった霧島のハイレベルの優勝で横綱昇進となるかで始まった名古屋場所でしたが、とんでもない大荒れの末に12勝3敗の巴戦で、安青錦の優勝で幕を閉じました。
以前は名古屋場所には首都圏から遠征し、昼は名古屋場所を観戦し、夜はナゴヤドームでドラゴンズの応援を2度した記憶もありますが、名古屋場所には単発でも随分と通いましたが、今はAbema TVで自宅観戦です。

◆横綱大の里が連敗スタートした時は即休場かと思いましたが、初白星の後に1勝3敗となりましたが、そこから最後まで土俵を務めたのは立派でした。
まだまだ時間は掛かるようですが、復活を期待したい。
藤ノ川、両横綱破り8勝7敗。敢闘賞。
横綱豊昇龍、7勝6敗となり、14日目の霧島戦から怪我が治っておらず休場となり敵前逃亡?でした。
13日目のカド番琴櫻戦では申し合わせた決まり手の互助会か?と思われる一番もありました。
負けた後の悔しがりようは役者でした。
横綱に昇進前の昨年の初場所はレノファ山口有志のメンバーで枡席観戦し、巴戦を制しての優勝に大感動でした。
その後、横綱に昇進して9場所優勝がなく、批判が噴出しています。
スピード相撲と下半身の驚異的粘りは魅力で好きな力士でしたが。

◆名古屋場所では新関脇熱海富士の安定した強さが目立ちました。
大関への足掛かりとなりました。
又、琴栄峰の前場所に続く活躍も成長著しいです。敢闘賞。

◆期待を裏切ったのは三賞予想に挙げた小結義ノ富士と小結王鵬です。
義ノ富士は綺麗な立ち合いですが、負ける時の内容があっけなく、6勝9敗。王鵬は相変わらす受け身の相撲で何がしたいのかわからず2勝13敗。
当分応援を見合わせます。

◆応援している力士では、霧島が12勝3敗に終わり、横綱昇進はならず。
平幕相手の2敗が痛かったです。
稽古もし、安定はしていますが、横綱相撲ではありません。
短命横綱では困ります。
(音羽部屋の部屋頭で三月場所から応援しています。)
阿炎が突き押しが決まり、良い相撲も4番位ありましたが、立ち合いの変化で、その後、自らの体勢を崩すのが目立ち、7勝8敗の負け越し。
若元春も勝てなくなりました。
6勝9敗。
平戸海も壁にぶつかったのか勝てなくなりました。4勝11敗。
十両の玉鷲は9勝6敗。
台湾絡みの東白龍8勝7敗。
幕下、深井改め朝ノ龍、2勝1休4敗。
同じく光星竜、5勝2敗。
千秋楽の7番相撲で177kg二本柳相手に立ち合いの叩き込み。
思わず雄叫び。
同じく、木竜皇、2勝5休み
山口市絡みで応援している三段目、若輝元、前場所怪我で全休でしたが6勝1敗
同じく千代大宝、1勝6敗。
三段目、翔傑、1勝6敗。
大当利、6勝1敗。

◆幕下(7名)と十両(5名)の優勝決定戦がトーナメントとなり実に見応えがあった。
幕下は旭富士、十両は湘南乃海が優勝。

特記事項)
3月場所から音羽山部屋の光星竜を応援しています。(25歳、174㎝、125A㎏)
今場所は幕下31枚目に昇進し、対戦力士は大きく実力者ばかりの中で5勝2敗の成績でAbemaでリアルタイムで視聴しました。
関取を目指して頑張れ。
(学22期 Y・Y)(会社法、永倉ゼミ)

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三人の財界巨人 その13 藤田伝三郎⑫ 大倉喜八郎似

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】

◆伝三郎の人となり

満鉄総裁、外務大臣、東京市長をした歴任した後藤新平は、藤田伝三郎を「士魂商才の権化、頭脳明晰にして人格高邁」と評している。

数々の事業を展開し、財界の巨人となった藤田伝三郎は人に向かって決して威圧的な態度をとらなかった。

むしろ、物腰柔らかで、親しみやすく、親切。それでいて気品高く、部下に会う時でさえ折り目正しい服を着て、尊大な態度を見せなかった。

仕事ぶりはどうか。

部下に仕事を任せるに際し、一切を任せ、疑うことをしなかったという。このため伝三郎から仕事を受けた者は、伝三郎の度量の大きさに感激し、責任を自覚し、熱心にことに当たったという。

また、判断は迅速で果断。

記憶力に優れ、机上には書類の堆積なし。

すべての用件を記載した手帳をいつも懐に入れていた。

一件ごとに熱心に調査研究し、腑に落ちないところがあれば、担当者と何時間でも話し合ったという。

◆また、商工会議所の会頭にまでなった人物だけに、財界の催しでは彼の周りに人垣ができたかと思いきや全く異なる。

財界のパーティーには顔を出さず、新聞や雑誌の取材にも応じず、投稿もしない。

写真も嫌った。

しかし、藤田の邸宅には東京から、京阪神から、春夏秋冬、朝から晩まで、公私の客が引きも切らなかった。

酒は飲まず、食事は日々家族と一緒で一汁一菜に満足していたらしい。

事業の華々しい成功、名誉ある役職、男爵という民間人で初の爵位を得た人物であり、暗礁に乗り上げた厄介な膠着案件でも調停役を果たし、頼まれた公共性の高い社会的な事業に個的利益を顧みることなく身を投げ打ち、寄付もした。

性格は大変地味で、外に出るを好まず、古美術を愛し、生活ぶりはつつましかった。

そのギャップに接した者は、伝三郎にたまらない魅力を感じるのだろう。

◆古美術を愛す

その古美術の話。

伝三郎は古美術への造詣が深く、特に茶道具に関する鑑識眼は卓越していたとされる。

明治維新後の廃仏毀釈から、海外に流れた古来の美術品にも私財を投じて収集したとされる藤田コレクションは、三井、三菱、住友、大倉などの他の財閥系企業によるコレクションに比べて、質が高いと評価されている。

◆慈悲のこころ

財界では大倉喜八郎(新潟・新発田)と似通っているとされる。

独立自営の精神が強かったこと、また、趣味が豊かで美術品の収集を精力的に行ったこと、いわゆる四大財閥の三井、三菱、住友、安田が手掛けなかったような建設請負業、また革を扱う製靴業を行なったためだろう。

また、二人とも不幸な境遇の者、恵まれない者に同情的で、寄付を施すことを忘れなかった。

伝三郎にこうさせたのは、慈悲深い母がいたからこそなのかもしれない。

(学23期kz)

大倉喜八郎

お約束の「45年ぶりの再会♪」

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿



◆先の大阪支部主催の鳳陽会総会で45年ぶりに再会した先輩がいる。
今は大阪で所謂「士業」に従事されているM也さんだ。
十年一昔と言われるから、”四昔”…にもなる。

当日、恐る恐る「K隆さんと一緒に下宿にお邪魔した事のあるBです」と自己紹介をした。
その日の事をよく覚えていてくださった。
それもそのはずだ。勉学に勤しまれた後か、少し遅い起床であった様だ。
「M也居るか、M也!M也!」とドアの外で声、そしてドアをどんどん叩き、”ガサ入れ”の様に立ち入ってくる後輩2人!(笑)

読者の方には”仇討ちのストーム”(笑)かと思われる方もいるかも知れないが、それは違う。M也とK隆さんは高校の同級生なのだ。少し勉強好きで後に入学し、後輩となったK隆さん。
2人は互いにファーストネームで呼び合う関係だから、何でもあり、何でも成立する間柄なのだ。
(ひょっとすると曾ての中河原にあった鳳陽寮の寮生の中のストームを楽しむ人間関係の濃密さに似ている?)

余りに、ある瞬間のインパクトが強いと記憶に刻まれている様だ。
「あっ…あの時のBさんかい?」と心優しく、そして紳士的に対応戴いた。

昔ながらの風体、スリムで長身、頭にはごま塩を降っている以外は何ら20代の時と変わりない。

「いやぁ~、その節は大変ご迷惑をお掛け致しました」45年ぶりの謝罪から始まった。
当時の事、それから就職先の事まで記憶に留めて戴いて、旧知の仲の様に話が弾んだ。

◆二次会になると「どうも昔の当時のBさんが思い出せん。昔の写真とかあるとや?」と出身地の言葉で”何か”をご所望の様だ。
自分の携帯の中にある紅顔の写真を検索して、見せた。
「あっ、これや!これや!」と大笑いである。
紅顔の美少年?が今や体格も一回り大きくなり、強面にもなっている。
少し大きな会社やその筋には必ずいる「マル暴」対策用の人となっているからだ。(笑)

M也さんと山口での交流した時間は少ない。しかし、無二の親友とも言えるK隆さんを通じ、山口でその人なりをよく聞いていた。

総会当日は小雨が降っていた。二次会に向けて歩いて移動。先行して先に渡った横断歩道でM也さんが鞄を少し肩にかけて、信号待ち。
その姿が、ブラックレインに出てくる松田優作、その姿である。
若い頃から松田優作が好きで憧れていたM也さん。お洒落でいて、ナイスガイだ。

◆その後、ラインとかのやり取りをしている。今は一層、ストイックな生活をされている。
特に健康には留意をされていらっしゃるご様子。
暴飲暴食の傾向があり、時には足の指踝の辺りに風が吹いても”痛い!”と言う病持ちとは違う。40年の時を経ても間違いなく”ごま塩頭の優作”がそこにいる。

鳳陽会総会を機会に、45年ぶりの新たな交流が始まる日となった♪

三人の財界巨人 その12 藤田伝三郎⑪

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】

藤田伝三郎は人物を見定める方でも目が利いた。

他の組織にいた人材にも、これといった人物にめぼしをつけて引き抜き、多くの人材を藤田グループ内で育てた。

◆本山彦一

藤田組総支配人で熊本出身の本山彦一もそのひとり。彼は福沢諭吉が創刊した日刊新聞「時事新報」にいたところ、福沢とともに伝三郎に会いに行ったことがある。

それが縁で、本山は藤田伝三郎のもとに居つくことになる。

伝三郎が引き抜いた訳でもないのに・・・だ。

伝三郎は井上馨候と近い。福沢諭吉は井上候に近い伝三郎のところに居ついた本山に翻意を促すが、徒労に終わる。

本山は伝三郎によほどの人間的な魅力を感じ取ったのだろう。

この本山はやがて藤田グループの「大番頭」となる。

伝三郎も本山に藤田組の一切を任せるにまでなった。

もちろん仕掛中の難工事・児島湾干拓プロジェクトも任せた。

また本山は福沢諭吉の「時事新報」にいたため、新聞作りはお手の物だ。

そこでその本山彦一が毎日新聞の基礎を作るまでになった。

◆岩下清周

伝三郎に惚れ込んだのは本山だけではない。三井銀行・大阪支店長から北浜銀行(旧三和銀行・現三菱UFJ銀行の前身のひとつ)を創った岩下清周(きよちか)もそうだ。

岩下は岩下で、単なる銀行家に終わらず、我が国を工業立国にすることに身を捧ぐという大志を抱いている。事業への目利きに優れており、融資を通じて谷口房蔵(東洋紡の前身にあたる大阪合同紡績)、大林芳五郎(大林組)、豊田佐吉(トヨタ)、小林一三(阪急・東宝)、森永太一郎(森永)などなど・・・優秀な経営者を育てていったほか、自身も大阪電気軌道(近鉄の前身)を創設して社長を務めた。

◆こうした大物を育てた藤田伝三郎。

しかし伝三郎は、育てた人物のことを「俺が育てた。俺が、俺が・・・」と周りに吹聴し、自慢するようなことはしない。

決してしない。

いつも穏やかで、自然体だ。

大物の「育ての親」でありながら偉ぶらず、謙虚にして穏やか。

表向きは大衆に混じっても決して目立たない静かな存在でありながら、内に秘めるは誰にも負けることはない大きく、また気高い志を持つ、口数の少ない男。

そこに藤田伝三郎のたまらない魅力がある。

(学23期kz)

本山彦一
岩下清周

鳳陽会本部理事の中吉さんと両国で親交を深めました

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】



◆7月16日(木)仕事で上京の中吉雄二さん(学21期)とJR両国駅で18時に待ち合わせ、もち豚料理「わとん」で一杯やりました。
大相撲のチケットの入手方法について知りたいと。
中吉さんとは当時は広島市に合併前の安佐郡にあった祇園中学で同級生でした。
彼はブラスバンド部に所属し、生徒会長で類い稀なリーダーシップを発揮し、先頭に立ってぐいぐいと全校生徒を引っ張っていました。
校旗のような物を持って、運動場の先頭を行き、鼓舞していました。
私は小さくなってただ見つめるのみで、在学中は一言も話したことはありませんでした。

◆彼は中高一貫校の私立の雄、修道高校に進学し、大学では入学同期でしたが(中国新聞の合格発表で知る)、八坂神社近くの竪小路に下宿していたようで、私の友人も近くに下宿していて見掛けたことは2度位ありましたが、恐れ多くて近寄ることなく、声も掛けられませんでした。
教養時代のクラスも異なり、学内で見掛けたことは記憶にありません。
在学中は自動車部に所属し、メカを含め車には詳しく興味があったとか。

◆卒業後は日産自動車に就職し、4年勤務されたようですが、結婚を機に奥様の実家の家業を継ぎ、マツダを始め生産設備を主に担当し、今はご子息が社長で会長職とか。
私は39歳~45歳の2度目の広島勤務となり、鳳陽会活動で再会し、彼は広島支部の総会では大抵は司会進行役に担ぎ出されていました。
私についても、ご存知ない現在迄の略歴を紹介しました。
チャンコ料理や刺身料理に舌鼓を打ち、懐かしい思い出話で盛り上がりました。

◆後半は店主の常光弘泰さんが加わられ、大相撲談義は勿論、広島、長崎の原爆の話や現在の米イラン中東戦争、ロシア―ウクライナ戦争、中国の話等ワールドワイドな話となりました。
我々の育った戦後の時代とは違い、予想もつかない閉塞感のある別の意味で激動の大変な時代となりました。
様々な話題で4時間談笑し、両国の街を後にし、帰途に就きました。
今回、東京支部トピックスの存在を強調しておきました。
(学22期 Y・Y)(会社法、永倉ゼミ)
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山田洋次監督の兄・正巳様の孫娘の方からメールが

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】



◆NHK「プロフェショナル」仕事の流儀、山田洋次監督と題する2023年10月、鳳陽会東京支部トピックスに投稿しましたが、ご覧頂いた孫娘の方から、先日、突然メールが。
広島基町高校時代の地学の山田正己は山田洋次の弟ではなく、兄との連絡で、私の勘違いでした。
それは兎も角、祖父の正巳は雑誌等のメディアに取り上げられることもありましたが、インターネット記事はなく、あなたの投稿に遭遇し、嬉しかったと。

◆また、私は千葉県在住と思っていましたが、それは三男の方で、広島大学を卒業して以来、地学の教師として広島県に在住していたと。
山田正巳は2024年6月に亡くなり、お墓も広島県内にあると。
今の私には広島は遠く、もう10年は行っていません。
広島に向かって手を合わせることにします。

◆東京支部トピックスは全体公開となっていて、私は投稿の際に自分のメールアドレスも書いているので、このようなメールの返信があると望外の喜びです。

◆昨年、広島太郎さんが亡くなられた時も、Yahoo等で報道され、広島太郎とは何者ぞやとなり、私が投稿した「素顔の広島太郎さん」に辿り着き、3千のヒット数となり、亡き塩塚支部長の話では、一時は乗っ取られたのではと騒動となったようですが、ヒット数は実数で、乗っ取りは杞憂だったようです。
また、新潟在住の見知らぬ方と兵庫県在住の鳳陽会会員の方からコメントがありました。

◆先日、東京支部総会の際に同じテーブルのメンバーの方から、最近投稿が少なくなりましたねと言われ、いいね!が全く付かないですからねと答えましたら、若い人は兎も角、我々の世代はいいね!は付けないですよ。
はっとした反面、本当にそうなのであろうかと自問しています。
私はmixi歴10年、その後、Facebook歴10年ですが、mixiは足跡、Facebookは自分のタイムラインの投稿にはいいね!がそれなりに付きます。
私の承認要求なのかな?
東京支部トピックスの投稿に対し、遣り取りは双方向でありたいと願う者ですが。
(学22期 Y・Y)(会社法、永倉ゼミ)
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大相撲名古屋場所前夜祭に参加

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】


◆世話役の萩原尚由さんにお声掛け頂き、7月11日(土)両国のもち豚料理「わとん」にて、18:00~開催の前夜祭に参加しました。
3月の大阪場所前夜祭以来、今年2回目の参加となりました。
総勢17名の参加でしたが、初対面の方が半数以上おられました。

◆同じテーブルとなった4名の1人は相撲博士のAさんで、姉妹の方の妹さんは私と同じ町。すぐ近くで吃驚。
熱心な大関琴櫻ファンとか。
4人共、住まいも近い。
お二人共初参加でしたが、幕下以下の力士を含めてかなり詳しく、大変な盛り上りとなりました。
秀ノ山部屋の序二段力士のお父様の参加もありました。

◆奥座敷の1人はFacebookでしばしば「知り合いかも」と出て来るので私を知っていると。
職業を聞くと金融関係とかで、私が大学の同窓会で最近よく聞く、社長を輩出している某金融機関のグループ会社とか。

◆後半は席の移動があり、店主の常光さん、冒頭、乾杯の発声をされた大東文化大学で学生相撲の指導をされているI氏他と多岐に渡る話題で懇談しました。
(話に夢中となり、チャンコを食べ忘れました。)

◆恒例の三賞当てクイズは、熱海富士、義ノ富士、王鵬に投票しました。
2人当てればチャンコゲットです。
義ノ富士、伯乃富士の投票が多かったです。
今場所は波乱の展開を予想する人が多い印象。
21:30相撲博士のIさんの1本締めでお開きとなりました。
(学22期 Y・Y)(会社法、永倉ゼミ)
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「路地裏の経済学」ならぬ「ドブ板の経営学」も、また楽し!

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆セブンイレブンが7/7〜11迄、粋な計らいをしていた。
“金”シリーズの商品を二つセットで買うとドドドッ〜ンと纏めて137円値引き♪

 ちょうど711(セブンイレブン)円になる。

そして、711円のレセブンイレブンシートで別の抽選のキャンペーンもある。
何層にもセブンイレブンの拘りを持ったマーケティングをしています。


多くの鳳陽会同窓の方にもあったかも知れない曾ての朝7時から夜11時の勤務。
そもそも米国のドライブストアー的扱いとして存在していた元祖コンビニから学び、異次元のコンビニに仕上げた鈴木敏文さんは”小売の神様”とまで称された。
お客様と言う視点から商品開発、サービス開発を行なった。

コンビニは流通の一形態からある種の社会的インフラまで昇華した。


◆ここからは個人的な妄想が醸し出す想像のstory♪

金シリーズのハンバーグで言うと最初はコンビニの中では「高価格商品群」—

1.具材でも価格に対する納得感を求めた、牛肉100%の仕様でのハンバーグ。 
鈴木敏夫さんは市場に投入する前には必ず試食をし、自分が納得しない限りは販売を許可しなかったと言う。
だからか?本音の部分、味覚では納得していなかったか?
次には、金シリーズと言う高額商品群の市場が出来たので今度は利益回収に舵を切ったか?

2.牛肉と豚肉のミックスにその答えを求めた。

ネプチューンがMCをするジョブ・チューン番組
プロの料理人が一般大衆向けに販売されている商品をその味、価格、開発のコンセプトも総合的に勘案し、「合格」か「不合格」を判定する番組の中で”洗礼”を受ける

1.では全員「合格」、2.全員「不合格」

まさしく天と地(寧ろ地獄)を見る。

経験則で個人的に想像した世界をプロの料理人は見透かされたかの様に…「不合格」…の判定! 

リベンジとなった先日の番組の中、2.の牛肉と豚肉のミックスは変えないで、3.練り方、ソース、味付けを一から徹底的に見直す。
恰も商品ベースがない段階からの商品開発の様、徹底的な見直し
(これ位しんどい仕事はないだろう、何故なら渾身込めて開発した商品の”全否定”から始め、ある見えない一点「合格」の水準を手繰り寄せなければならない)番組の名の如く、ジョブ・ネプチューンなのだ。

ゼロベースから見直しした商品3.の判定は.今度は再度天地の『天』、「全員合格」♪

◆TVが放映された翌日、金シリーズの棚割6段は4段半まで金シリーズのハンバーグが席、鎮座していた(笑)

販売実績に基づく通常の仕入れ以上に本部が推奨した事は安易に想像出来る。言葉を選ばなければ、押込み販売(笑)

数日間、来訪した時は棚の状況を見た。在庫の山は直ぐには小山になっていない様だ。
本部は後に控えるセブンイレブン のキャンペーンに絡め、在庫報告をさせ(勿論本部でデータチェックをし)、拡販(在庫販売推進)をしているかも知れない。

金シリーズの裏方で展開されているstoryをちょっとだけ想像するだけで、食べるだけの楽しみでなく、売る楽しみを味わえた気になった(笑)

曾て長銀には、調査部を長く担当された竹内宏さんが”路地裏の経済学”と言う領域を作った。パチンコ、居酒屋、ありとあらゆる事が経済学で縦横に語られた。
かなり水準差はあるが、足でかせいだ、ドブ板の経営学擬きで7-11(セブンイレブン)の日を思った。

三人の財界巨人 その11 藤田伝三郎⑩

 山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】

◆毛利家からの借金

鉱山経営はカネがかかる。

明治18(1885年)、井上馨候に資金の手当て先を相談すると「毛利の殿様に頼んでみるか」との返事。

井上の頭の中には毛利敬親の世子・元徳公が頭取を務めた第十五国立銀行からではなく、毛利家の個人財産から借り入れる算段があった。

井上候は元徳公が世子定弘の時代に小姓を務めており、毛利公爵家の後見人を自任していた。

井上候の橋渡しによって、毛利家から都合三回にわたり、200万円以上という多額の金銭を借り入れることに相成った。

◆借入れの条件

毛利家では「商人顔負け」の7%前後の利息を取るのは当たり前として、井上候を仲立ちに、資金融通にあたって注文を付ける。

鉱山以外の事業を禁止したのもそのひとつ。

また、伝三郎の収集した美術品の売却のほか、藤田3兄弟の家計に対しても注文を付けた。

小山鉱山で藤田伝三郎から経営権を取り上げ、乗りかかっていた児島湾干拓事業に専心するよう注文を付けた。

このため小山鉱山の方は伝三郎に代わって伝三郎の甥(兄・久原庄三郎の息子)にあたる久原房之介をゆくゆくは経営を任せることを見越して平社員として採用、久原房之介は明治24年小坂鉱山に着任する。

毛利家=井上候のラインは、小山鉱山を閉山する方向で検討していた。

しかし伝三郎は高質な鉱脈の存する小山鉱山を新精錬法により復活させることが可能と見込んでいた。

こうした目利きも伝三郎の優れた能力の一つだ。

このため、農商務省での鉱山行政精通者や優れた採掘知識を有する技術者や東京帝大・採鉱冶金学科卒の若手エリートを多数小山鉱山に集めることも忘れなかった。

これが新精錬法の発見につながり、伝三郎は「鉱山持ち」として復権を果たすことになる。

◆毛利家の懐

幕末にはおおよその大名家のふところは底をつくが、財政改革に成功した薩長などの西南雄藩、特に長州の懐具合は豊かだったようだ。

これは7代・毛利重就の時に始まった長州独自の「撫育制度(特別会計)」を用いた蓄財で、莫大な隠し財産をこしらえていたことによる。

検地などによって新たな財源となった資金は一般会計に入れず、特別会計に繰り入れて運用することで財を積んだのだ。

明治になった時点の撫育金の残高は100万両。

毛利家は、このうち60万両を新政府に納めるが、残り40万両が手元に残り、毛利公爵家の財産となった。

40万両、これを現在価値でみると400億円と試算する向きもあり、明治時代の毛利家は他家に比べ

格段に裕福だった。

(学23期kz)

毛利元徳公

現在92歳の主婦 ・・・66年家計簿に綴る”市井の経済人”

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿

◆日曜朝8時から始まるTBS系の報道番組で紹介された現在92歳の主婦・・・この主婦はただものでない”市井の経済人”だ。

1960年の結婚を契機に、家計簿をつけているという。そして、その綴りが年度を追って、書棚に並んでいる。なんと66年にも及ぶ、一家計のナマナマの生活、物価の動きがその帳簿にある。

◆その方の1986年のある月の食費への支出額。月間8万円。但し、当時は家族5人の家計費なので一人当たり1万6千円。

では、現在は?

子供さんたちはそれぞれ別の家計を築き、老夫婦 二人の生活。支出額は6万円。一人当たり3万円。

つまり、2つの時代の一人当たり支出額を比較すると2倍の支出となっている。

給与水準の引き上げ、見直しはなされてきたが、年金受給生活者のそれはどうであろうか?

書棚に並ぶ家計簿を鳥瞰する主婦感覚としては、この支出の急激な上昇はここ5年間がなせる業。。。とも感じるという。

(今でも記憶に残るのは80年代半ばの就職した勤務先(メーカー)の新卒初任給13万5千円。昨年の大卒初任給平均価格は26万7千円との報道があった。ここ数年の初任給の上昇、他世代のベースアップによる。)

◆さらにこの主婦の凄いところは、当時の買い物をしたレジも残している。

そのレジに基づいて、レシートにある同じ店舗で、同じ品物を購入するという試行ができる。そこで明らかになったのは、食費において3桁の上昇した金額の商品が発見されたものがあった。

白砂糖、グラニュー糖、バナナ、、、勘のいい方ならある共通点に気づかれたかもしれない。

何やら、顕著に価格上昇が発生しているのは輸入関連の商品である傾向が強く出ている。

当時と偶々全く同じだったのは葱(収穫量によって大きく変動するから物価比較指数には不適)、そして嘗ては物価の優等生と言われた、卵、牛乳たりともその優等生たる地位を、とおに卒業してしまっている。

◆現在の円相場は162円前後/1$。円相場としてこの1ドル価値も1986年と2026年とでは状況が一変する。(39年度ぶりの同価格)

1980年代はどんな時代か?日本の各分野の商品が米国市場を席巻した。

一つの象徴として、スクエアービルエリアに掲げられた日本メーカーの看板の数々。

1985年のプラザ合意を受けて、急激な円高方向へ政策が導いた。

1986年の 世界な株式市場における  時価評価額50傑には日本の企業32社がその名を刻んでいる。(日本におけるバブルが膨らみ始めたとき)

2026年は?

2025年の同市場をみても  時価評価高50傑には日本の企業は一社たりとも存在しない。

AI、ITが主流となった企業群、当然米国の名だたる企業のオンパレードだ。

今や、政策等に、そして、恣意的に誘導された結果としての円安ではなくなっている。

日本経済の国際競争力は?

積極的財政支出に対する為替市場への懸念は?

累積化していく国債残高増は?

などの「?」に対する明確な回答ができる日本であるのか「?」

◆上り坂、下り坂。。。夢が膨らむ入り口にいた地点、一方、夢が覚めていく地点に差し掛かってはいないか。。。

番組の中での英語のフレーズには「Japan as No1」。。。「Cheap Japan」。。。とあった。

ただの報道番組の一場面としては見逃せない問題提起であった。

奇しくも7月4日トピックスへの”随筆 横目で眺めた経済学 30 インフレ税 その2”が投稿されていた。

その写真が掲載されていた経済学者は、日銀から一橋、東大と「物価論」に焦点を当てたマクロ経済学者・渡辺務先生が掲載されていた。