昭和の山口・ラーメン三題

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【12月トピックス】

ラーメン・おそ松

湯田温泉にあった長浜系のラーメンで、あっさり、とんこつ系だった。

麺は細く、熊本ラーメンなどのこってり系ラーメンよりも、上品なうす味で長浜系か

飲んだ後、友人と行った。私より、友人が飲み会後の「仕上げの店」として、こよなく愛していたラーメン屋であった。

我々が学生だった第一次オイルショック前の湯田温泉は、そこそこ混んでいて、ホテルから浴衣姿で国道を渡ったパチンコ店・ビクトリアで遊び、ラーメン屋にも浴衣姿があった。

このラーメン屋、今ではさすがに姿を消したのだろう。

コロッケラーメン

平川の下宿に住んでいた頃、近くにショッピングセンター「農協」がオープンしたときの話。

惣菜も置いていたため、下宿で「自炊」することも多くなった。「自炊」といっても何のことはない、電熱器で作るインスタントラーメンで、鍋のまま啜る。

ラーメンも、夏は塩ラーメン、冬場は味噌ラーメン。

ラーメンに「農協」で買ったコロッケを二個入れたダブルコロッケラーメンが得意料理だった。

食べる前にたっぷり刻みネギを入れ、黒コショウと、白コショウをまぶす。

コロッケがラーメンのツユを吸い込む前、まだ原形をとどめているうちに、コロッケをひと口、ふた口食べることから始める。

ツユでコロッケが溶け始めるのを横目に麺を啜る。

麺を食べ終えると正体をなくしたコロッケが溶け込んだツユを飲み、最後は両手をなべに添えて天を仰ぐ。一切のことを忘れ、訪れた至福のときに深く首を垂れた。

ラーメン自販機

徹マンが早く終わった早朝4時頃、農協の脇に設置されていたラーメンの自販機から出てくる、ホカホカの薄味とんこつラーメンを良く食べた。150円を入れると2分ほどでカップに入ったラーメンが出てくる。

結構な回数食べに行き、プラスチックでできたラーメンの椀を戦果として部屋の片隅に積み重ねていた。

とうとうここまで自動化されたか。

ここまで自動化されたらこの先どうなる。恐ろしいほどの自動化された世界が怒涛のように押し寄せるのか。多少は便利だが、いやな世の中になってきたな。しかし、このラーメン自販機は知らない間に跡形もなく撤去された。半年ほどの命だった。

(学23期kz)

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空手部哀歌NO.4 悲しいこと、残念なこと

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【2022年12月トピックス】

1.中四国大会

3回生になった。

幹部交代直後、山口で部最大のイベント、中四国学生大会が行われた。

4回生は試合稽古、就職活動など忙しいので、運営実務は4回生委員長の指示のもと

副委員長の私が中心で行った。

山大歴史上最強の4回生チームは、順調に勝ちを重ね、全国大会出場権を得ていた。

同じコートの愛媛県の選手対広島県の選手の試合で惨事が起こった。

愛媛県の選手は試合巧者で有名な4回生。もみ合い後、仕切り線に分かれた途端、

前のめりに顔から倒れた。普通後ろに倒れるが、前はヤバイ。

一旦試合中止。ドクターの心臓マッサージ。救急車搬送。付き添いの部員から逐次

電話連絡。一旦蘇生したとの連絡でほっとしたのもつかの間、最悪の結果に。

強い選手であったが、就職活動などで大会前、ほとんど稽古していなかったと聞いた。

そのあと、近くの寺で仮通夜、関係者のお世話、宿泊準備など部員全員寝る間もなくてんてこ舞いであった。

急遽駆け付けられたご家族の悲嘆姿は今も忘れられない。

死因は本人のショック体質かもしれないが、真相はおそらく打撃による心臓の内出血であったと思う。

対戦した相手は猛者でなかった。

仏は最終試合の前に数校の選手たちと激しい戦いをしており、

原因は彼ではない。

このような苦難もあったが、この年、山大空手道部は全日本学生第4位の栄冠を勝ち取った。

2.その後の混乱と無茶ぶり

そもそも空手はスポーツではなく、命のやり取りをする必殺の戦闘術だ。

本来試合など成り立たない武術なのである。

当たり所悪ければ最悪の事態招く、ということが身に染みて稽古に励んだ。

今と違い当時の試合は少々当たってもよほどのダメージがなければ反則とはならなかった。グローブもマウスピースもせず、簡単な拳サポーターのみ、怪我だらけ。

まもなく、1名を残し新入生が次々と退部した。

無理もない、あの惨状を目の前にしては。

熱心な医学部の新入生一名のみ残った。

医学部は3年目から宇部の専門へ移るが、そうなれば一年間幹部不在となる。

彼を呼び出し、こう告げた。

「医学部やから1年くらい遅れてもええやろ。部のために留年せーや!」

聞いてくれたか、偶然か、彼は3年まで山口に残り、立派にキャプテンとして空手部を維持してくれた。

卒業後、勤務地秋田県の代表となり、先日の山口国体では試合ドクターで元気な顔を見せてくれた。

酷い話、無茶ばかり言って申し訳ございませんね。

それから十年。

仕事の関係でアラスカにいた頃、あの試合の相手選手の親友という方と巡り会った。

相手はずっとそのことを悔み、つらい人生を送っている、と聞いた。

「死因はあなたの突きでなく、最終試合の前に対戦した他の選手の突きが原因かもしれない。あなたの罪ではありません」と伝言した。

3.寒中水泳

まもなく、本格的な冬。

冬の恒例行事は1週間に及ぶ寒稽古。

まだ暗い中、早朝練習。

最終日は椹野川で寒中水泳、であった。

上半身裸で川につかり、焚火でぜんざい。湯田の仙人湯につかり、コンパでお開き。

川は水温低く、よく行われる海での寒中水泳よりずっと厳しい。

雑に育った我々の中には、氷の張った川で泳ぐつわものもいた。

                                 完

 (山口大学経済学部卒業生 N)

注 以上は実在の人物、組織とは関係ありませんーということにしておきます。

不適切な表現もありますが、作者の意図を尊重し、ほぼ原文のまま掲載しております。

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規制緩和と経済特区②

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【12月トピックス】

◆これまでの各種経済特区

経済特区にはこれまで構造改革特区、国家戦略特区、子育て特区、高齢者福祉施設特区、エコツーリズム特区などがあった。

業種も先進農業、ドローン、自動運転、ロボット、遠隔医療などが挙げられる。

規制の中身は様々ではあるが、全国一律に公平に運用を目指すように、各省庁が「許認可権限」を持っている。この中には各既存の大手業界の意を受けたものもある。

新規企業、新たな産業がこうした規制にとらわれずに試験的に自由に経済活動を行ってみるのが経済特区だ。

うまくいかないはずがないのだが。

しかし、ことはそううまくいかない。

◆その後の検証

規制緩和や経済特区の検証。これがなかなか伝わってこない。経済特区が華々しく成功したという話は聞かない。

政策が上手くいったかどうか検証してみる必要があるが、検証にかなりの時間がかかるからだ。そもそも、新規事業を始めて成功し、黒字化するまでに数年間はかかる。

このため、政権が打ち出す政策パッケージのひとつとして規制緩和や特区構想を打ち出すのは見栄えは良いが、この間に選挙がやってくる。この選挙が曲者で、規制緩和がどれだけ次の選挙の票につながるかは不透明だ。

特区とはいわば「イノベーション」だ。イノベーションの先行例から見ても確率は低く、ましてや成果の検証に時間がかかるとなれば

選挙の「目玉」として使いにくい。

地域を指定した経済特区を進める場合、看板が往々にして「地域創生」に振り替わることになる。

地方創生ということになれば国からの財政的な支援が見込まれ、占拠の切り札となりう

もう一つ、構造的な問題がある。経済特区とは供給側の緩和を意味し、供給サイドを強めることにつながる。30年デフレの中で、弱い需要が問題となっている時に供給力を強める政策は問題があったのかもしれない。日本経済の課題は需要サイドが弱いことにあるのであり、供給サイドの強化ではない。

供給サイドの強化は、むしろデフレ圧力を強めることになる。

しかし、規制緩和や経済特区は、各種規制でこれまでできなかったことができることになり、日本経済をけん引する新たな産業が生まれることにもつながる可能性を秘めた施策である。

どういったやり方をすればブレイクスルーできるか、大きな課題だが、これをクリアーしなければ日本再生はおぼつかない。

規制緩和や経済特区が、今後の成長の切り札として活用されることを願っている。

(学23期kz)

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規制緩和と経済特区①

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【12月トピックス】

◆新たなビジネスモデル

新たな産業が出てくると競争が激しくなる。市民の支持を得れば、競争はオーバーヒート状態になり、盛り上がる。

昔、持ち帰り弁当のフランチャイズチェーン「ほかほか亭」が流行った。

またたく間に「ほっかほっか亭」が出てきた。

すると「ほっかほか亭」と冠したチェーンも名乗りを上げる。

名前がないのは「ほかほっか亭」だけだと、面白いことをいう先輩も居た。

◆カネのかからない規制緩和

こうした新たな産業が既存の飲食業界に切り込むには業界の規制をクリアーしなければならない。

日本では新興企業の開業率が主要先進国に比べて低いことが問題視されて久しく、停滞している日本経済にカツを与えたい。しかし財政出動するにも余力がない。また金融政策もゼロ金利政策に加え、量的緩和も伸び切っている下で、対策の目玉が模索されている。こうした状況下でこれまでも繰り返し期待されてきたのが規制緩和だ。規制緩和にはカネがかからない。

「経済活性化の特効薬」という言い方もされ、期待感が高まった。

しかし、規制緩和については政府内でいくつもの委員会や部会が創設され、実施も試みられたが、うまくいったのか。成功事例は報告されているのだろうか。その後の話が伝わってこないのだ。

◆規制の岩盤と抵抗勢力の存在

経済的な「規制」。これには抵抗勢力の存在があり、業界、業界と関連をもつ国会議員団、関連の許認可を所管する官庁などで利害が一致していることが多い。

これまで規制の緩和や撤廃は、なかなか崩せなかった。このため、規制緩和・撤廃の意気込みを示す意味で「規制の岩盤にドリルで穴をあける」と勇ましい政治スローガンを掲げた首相もいた。

◆経済特区

法的規制は全国一律の法的な規制であるが、実験的に特定の地域でこうした規制の適用除外となる地域が経済特区だ。

これには先ず自治体が要望を出し、規制をする官庁と折り合いがついた場合のみ特区内で規制から解放される。

規制を取り払って試してみる、これが経済特区のはずだ。

しかし、簡単に試行的に実験できるはずが、そうはなっていないのだ。

手続き面で大変な調整作業を行う必要があり、簡単にはいかないという問題もある。

また、経済特区が成功したという話もなかなか聞こえてこない。

経済活性化の切り札のはずが、その役目を果たしていないというのは残念な話だ。

(学23期kz)

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鎌倉殿の13人 伝 大江広元氏の墓他、ゆかりの地を探訪(続報)

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【2022年12月トピックス】

ゴールデンウィーク明けの5月14日(土)の東京は朝から雨模様。
前週の土曜日に続き、いざ鎌倉へ。
あと一歩の所で断念した伝 大江広元氏の墓が諦められなくて再挑戦。
鎌倉市観光総合案内所に問い合わせると明王院を目標に行き、右手の裏にハイキングコースへ通じる古道の入口があるとのアドバイスを頂きました。
ただ、鎌倉殿の13人が放映される前は殆ど問い合わせもなく、行かれた方も殆どいないのではと。

先ずは、バス停を降りて先の大江広元邸跡の石碑を訪問。
その後に明王院を訪ね、その後、伝 大江広元氏の墓に挑戦すべき山道に入ったが、直ぐに道に迷っていると麓近くの年配のご婦人が、道は教えて頂いたものの、「雨で登山服にリュックに登山ストックでないと滑って転ぶので無理ですよ。今日はお辞めなさい。」と。
ピクニックスタイルでしたが、「先週に続いての挑戦なので、駄目なら途中で引き返します。」と。

確かに木の葉で滑り、斜面では雨水も流れていて、小道は笹がぼうぼうと生えた中を掻き分けて、歩くこと30分、案内標識もなく難コースでしたが、遂に感動の五輪塔に。
(胡桃山の頂上付近)

下山の時は前に転倒したり、岩場で滑り、背中と後頭部を打ちつけ、泥んこ状態に。
下山してから、少し先の十二所にあり大江広元氏を祀る大江稲荷に寄り、帰途に就きました。

この日も2時間半程歩きました。
午後は薄日が差す場面もあり、無事生還しました。ほっ。

(学22期 Y・Y)

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積み上がる内部留保

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【12月トピックス】

投資をしない日本企業、大きな視点を欠いた経営

国会で取り上げられる企業の内部留保の問題。利益剰余金のことだ。2020年度末の内部留保は2012年度以降9年連続で積み上がり484兆円と、国のGDP540兆円の約9割に達する。

なぜ投資をしないのか。

バブル崩壊、リーマンショック、コロナで事業環境が変化し、手元資金を潤沢に持っておかないと経営に支障が出ると考えるようになったことが大きく影を落としているのではないか。

投資をするには、アニマルスピリットのほか、事業環境の変化を察知しながら、先を見据えて行動し、勝てる展望を持つことが必要となる。

これが持てないのだ。

◆人に対する投資

日本企業は終身雇用、人を大事にするということが建前であり、日本企業の特徴とされてきた。しかし、リーマンショック後は決算上債務超過になることを恐れ、人材を不要資産よろしく社員のリストラが横行した。

人に対して投資をし、この先企業を支える人を育てる姿とは真反対の姿だ。

ここにも日本企業は長期的視点を失い、短期的な決算重視の短期的経営になったようだ。

◆短期的経営か

短期的経営で業績が伸びていけばよいが、必ずしもその保証はないし、そうなってもいない。

すなわち短期的経営ともいえないのではないか。

短期的経営とは、目標があり、短期的な判断をつなげて業績を上げるということだが、大きな方向があればの話だ。

大きな経営方針がない場合、どうするか。

言っておくがシェアを伸ばす、シェアが伸びるのはあくまでも結果。

ここに目標を置いてはならない。利益を度外視した激烈なシェア競争の下で犠牲が増える。

◆長期的視点が目立つ世界の企業

むしろ欧米企業の方が長期的視点に立って考え、行動している。

人権問題への取り組み、環境問題、ステイクホルダー重視の姿勢になっている。

日本はその後追いをしているようにみえる。

いつの間にか、日本と外国企業で経営姿勢の長短逆転が生じている。

短期的経営で堅実に業績を伸ばし、日本経済の成長に貢献しているのであれば問題ないが、日本経済は世界に置いて行かれており、世界の背中が年々小さくなっている感がある。

これではいけない。

(学23期kz)

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米谷雅之・山口大名誉教授が瑞宝中綬章を受賞

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【2022年12月トピックス】

令和4年11月3日付けで令和4年秋の叙勲が発令され、山口大学経済学部 米谷雅之名誉教授が瑞宝中綬章を授与された。
今回の受賞はたいへん嬉しいことである。
私が学生時代、先生は「現代企業のマーケティング行動の分析」を主たるテーマとするゼミを担当されていた。
演習計画を紹介させていただきたい。
【テーマ】「現代の企業や市場の特質、企業と市場の関連の態様、市場行動の次元、市場行動の次元、市場行動の現代的特質、価格と非価格競争の問題などについて、経済学、経営学、及びマーケティングの領域における諸研究を基礎に検討を加えていく
 市場と企業の中間面現象を扱うために、経営学のみならず、経済学(特にミクロ経済学)の知識ないしそれへの勉学が必要。

学生間での先生のゼミの評判は最良だった。
また、授業は火曜日の3コマ目と金曜日の2コマ目に「商学総論」を開講されていた。
先生は1941年福岡県生まれ。1964年山口大学経済学部を卒業。1971年神戸商科大学大学院経営学研究科修士課程修了された。
山口勝裕 1992年卒 (学40期)

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忠臣蔵考③魅力の神髄

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【2022年12月トピックス】

◆海外でも人気

明治天皇も忠臣蔵を好まれたという。天皇は明治元年10月、満16歳で東京に遷るが、間もなく泉岳寺に勅使を遣り大石内蔵助良雄を追弔せしめたとされる。この時陛下は山岡鉄舟等の武士出身の侍従はおらず、読み物で親しまれていたようだ。

山鹿素行の中朝事実では「天下の本は国家にあり、国家の本は民にあり、民の本は君にあり」と尊王思想が説かれ、君への忠誠、忠義があるべき姿としており、明治天皇は主君へ絶対の忠誠を尽くす乃木希典などの臣下を好ましく思っておられたようだ。

外国では忠臣蔵はどのような評価がされているのだろう。

幕末には日本通の外国人も増えたようで、海外にはかなりの数の日本文学の外国語訳が出回っていたとされ、忠臣蔵は百人一首に次いで人気が高かったという。

26代セオドア・ルーズベルト米大統領は新渡戸稲造の武士道の愛読者で忠臣蔵の英訳を読んでおり、非常な日本贔屓であったことが知られている。このため彼は日露戦争の仲介役をとして名乗りを上げ、ポーツマス条約の立役者となった。

◆武士道と騎士道

武士道と騎士道は似て非なるものだ。

騎士道は武士道と忠誠、武勇、礼節、名誉などは共通するが、人間として立派であることを求めるもので、主君への忠誠心の優先度はさほど高くないようだ。要はジェントルマンたれ、ということか。

他方、武士道は主君への高い忠誠心を求める。しかし盲目的な絶対的忠誠心を求めるのではなく、そこに義がなければならないとされる。ここが厄介だ。

これに照らせば赤穂浪士の行動はどうなるのだろう。

赤穂浪士の行動を測るに、主君・浅野内匠頭の遺恨の在り処はよくわかっていない。こうしたまま根拠が定かではない「主君の無念」を晴らす形になっている。

そうなれば、赤穂浪士の行動は武士道を通り越したものといえるかもしれない。

主君が即日切腹を申し渡されたのに比べ、吉良上野介は咎めのないまま隠居した。

赤穂浪士が行ったことは、「喧嘩両成敗」とは言えないまでも、この不公平な処分に対して、実力行使で格差を埋めようとしたのではないか。

無念というのは主君の無念ではなく、家が取り潰しとなったことで、大石以下浅野家の家臣たちが寄るべき藩地を亡くしたことの無念であり、恨みではなかったか。

◆魅力の神髄

しかし、忠臣蔵を理詰めで追っていては面白くない。

いじめられた主君の意を継いで、殿の家臣がいじめた上役に天誅を下す。

ここには主君への愛と忠誠心と愛があり、「悪」を懲らしめる勧善懲悪がある。

陳腐なストーリーだが単純明快で、とても後味が良い。繰り返し、聞いても、読んでも飽きない面白さがある。

この図式に日頃虐められている庶民が自己の感情を移入して、憂さを晴らす。

忠臣蔵の主人公の半分は大石内蔵助、あとの半分はいじめられた自分が主人公だ。

これが忠臣蔵の神髄であり魅力なのではないか。

こうなれば、問題の「遺恨」は、本筋としては大した問題ではなくなってくる。

しかしストーリーを面白くするには、味付けが必要だ。

悪役をとことん悪者にし、主君がとことんいじめられるような構図でないと大きな爽快感差が出ない。

このために割りを食った可能性がある吉良公。

そうであるなら、謹んで吉良公のご冥福を祈りたくなる。

(学23期kz)

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山口再訪 出会いし市井の優れ者②

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【2022年11月トピックス】

◆大内塗りの達人

京の町を手本に山口のまちづくりをした大内弘世。その弘世と京から招き寄せた姫君をかたどったのが殿と姫、一対の大内人形だ。

大内人形造りの名匠・小笠原貞雄氏を訪ねた。

12月で96歳になる。

もともとは広島県皆実に実家があった。原爆が落ちた際、小笠原さんはたまたま実家にはおらず、幸運にも直接被災はしていない。しかし実家を失ったため、山口にいる親戚の桑原家に移り住んだ。

桑原家では主(あるじ)と娘の喜美子さんが大内人形作りを家業としており、桑原家に引き取られた小笠原さんは喜美子さんに手ほどきを受ける形で大内人形作りを始めたそうだ。大内人形造りの共同作業をしているうちに喜美子さんとの愛が芽生え、結婚と相成った。

小笠原さんの作る大内人形は評判がいいという。

仕上がりの美しさでは群を抜いており、人形の表情が優しいとの評判だ。

大内人形は夫婦円満の守り神。

昭和34年の皇太子殿下のご成婚の際は大内人形を献上したそうだ。

その関係からか、皇族との縁もあるようで、著名な皇族も道場門前裏手の店舗兼工房を訪ねてこられたことがあるようだ。

大内人形は下地塗り‐中塗り‐上塗り‐絵付け、という工程を辿りどんなに小さな人形でも完成までに最低3~4か月はかかるため価格も立派な値段がする。

◆人生の達人

小笠原さんは本業のほか、多方面でご活躍されており、また多彩な趣味をお持ちだ。

被爆地広島について証言されたものがCDの形で残っている。

またかつてはボウリングでプロを任したことがあるという。ハンデを付けての話かと思ったが、そうではない。

勝った時のスコアは269。男子プロボーラーの平均がスコアは220程度とされるため、立派な勝ちっぷりだったのだろう。

毎日の日常生活も95歳にして若々しい。

今でも朝はドロップハンドルの自転車でサイクリングを楽しむという。

身体も健康そのもので、頭脳もクリアー、会話の受け答えも機敏で、足腰は丈夫、目も衰えておらず、耳も「遠くのひそひそ話が聞こえる(本人の言)」ほどで、補聴器要らずだという。

この先もお元気でご活躍されることを祈る。

(学23期kz)

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忠臣蔵考②山口つながり

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【2022年11月トピックス】

◆浅野公の賭け

格下の伊達公の前で、いじめと叱責を受け続ける浅野公。そこで浅野公はこれ以上のいじめや叱責を避け、吉良公に敬意を表し、軋轢を緩和せんがために賭けに出る。

吉良公にある逸品を「進物」として差し出したのだ。

ものは何か。香合(こうごう)だ。

茶道具で香りを収納する蓋つきの容器で、交趾(こうち)とは、ベトナムの意。

内匠頭はこの大亀は曽祖父が二代将軍秀忠の側近として仕えた時、人知れぬ功あって、秀忠公が日ごろ使っていた香合を下賜されたものと説明する。

この大亀は重要文化財に指定されており、安政2年(1855年)刊行された茶道具番付本ではかなりの値打ちものとされている。

吉良公はお茶に通じており、当然喉から手が出るほど欲しい「大亀」。いくら金を積んでも欲しい逸品であった。

しかし、吉良公はこの受取りを拒む。

これを受け取り、態度を軟化させれば、浅野への態度が賄賂欲しさのための単なるいじめとなるからだ。

◆藤田コレクションの主、長州萩の藤田傳三郎

香合大亀は藤田博物館のコレクションとなっている。

その主は藤田傳三郎。

藤田傅三郎・・・山口・萩出身の豪商で、藤田財閥の創始者だ。明治2年に藤田商会を設立し、軍靴で大もうけしたという。今でいう靴の「リーガル」の創始者でもある。

格式高いホテル椿山荘。もとは山縣有朋の屋敷があったところで今は藤田観光が経営している。

藤田傳三郎は事業で成功し美術品の蒐集を始める。美術品が海外に流れるのを押さえようとの意図があったとも言われている。

藤田も茶をやる。藤田の最後の蒐集品となった交趾大亀香合。

2017年東京国立博物館で茶道具の名品を集めた展覧会が開催され、名品そろいの展示品の最後を飾ったのが交趾大亀香合だった。

(学23期kz)

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