いまさらながら、「知る」は大事!


山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年7月 トピックス】

岡山支部 岡山Bさんからの投稿



6月20日大阪支部主催の鳳陽会全国総会に出席した。
何処かのテレビ番組の様、「せっかく大阪に来たんだから。。。」の心で、大阪城付近を散策した。
 大河ドラマ「豊臣兄弟!」も放映されている今だからこそ、大阪城の散策には価値がある。

場内の解説しながら案内してくれる人の内容も充実していて、つい興味を持った。



「知る」 その1~その3


その1 

大阪城への裏門の入口は「極楽橋入口」とある。高野山のケーブル登り口にも極楽橋駅がある。
両者の共通点は、宗派によるが、三途の川を渡り、極楽へと渡る橋を意味している場所だ。
大阪城は石山合戦で有名な浄土真宗の寺院である石山本願寺があった関係でその名が残る。

しかし、ここは注意がいる。 先ず 極楽橋は善人のみが通る橋なのだ。
(秀吉が創建した当時の極楽橋の遺構(唐門)は、滋賀県琵琶湖に浮かぶ竹生島の宝厳寺に移築されていて、現在でもその雄姿を見ることができる )

何らかの意味でふつう、人には罪がありそうだ。幾何かの背理や罪障があるものだ。
軽い罪人は通常の川を自力で泳いで渡る。罪深き人は流れの速い激流が流れる”江深淵”を渡ることになる。今際(いまわ)の際においても、三つのルートが用意されている。
(自分が住んでいる地域には、神伝流という古式の泳法がある。高校の夏の授業でも泳法については、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、横泳ぎ、潜水、そして100m以上の遠泳とあったから、少々の罪深きものでもなんとか泳ぎ切り、渡り切るかもしれない(笑))

その2

今回大阪城を訪問するまで立派な石垣は 大阪城の石垣 。そこに豊臣、徳川と言った主君の違いによる石垣の違いがある(併存して存在)とは認識していなかった。
実は今、我々が目にしているのは徳川時代再建された際の石垣と知った。かの蛸石などの巨石も徳川が各藩に天下普請として課されたそのものなのである。
一方、徳川時代に埋め尽くされた豊臣時代の城関係の埋蔵物、その発掘も進んでいる。
その石垣跡は、石垣館として、大阪城内で豊臣時代の石垣を見ることも出来る。

豊臣時代の石垣は石積の黎明期、その積み方は野面積み。見た目はゴツゴツとしていて荒々しい印象だ。
徳川時代の石垣は石積の技術としては最高峰の時期、「切込接」の加工品。石の表面や接合面を徹底的に四角く削り、隙間が全くないように精密に噛み合わせる高度な手法が使われている。
正面門から入っていくと直ぐ、圧倒的なスケールの巨石(蛸石)が待っている。畳36畳にも及ぶと言われる巨石。学校の教室を一回り小さくしただけのものだから如何に巨大か!
天下普請というから各々の大名たちは石に各藩の「刻印」を刻む。その印の一覧も資料として残っているから各々の藩の管轄や石の所有権を証明するものになっている。

その3

大阪城は周辺まで含め、巨大な公園になっている。しかし、その中には城以外にも重要な二つの施設がある。大阪の人にとっては既知のことかもしれないが、府外の者にとっては発見に近い物件だ。

3-1大阪城内には水道施設として「大手前配水場」がある。市内有数の高台という立地を活かして、自然流下で市街地へ安定的に水を供給する明治28年建設の重要な施設だ。


3-2明治維新以降、大阪城内は旧日本陸軍の軍事拠点(大阪鎮台・のちの陸軍第四師団)として使用されていた。
  昭和天皇の即位記念事業として天守閣の再建と大阪城公園の整備が計画された。しかし、軍用地に天守を建てるとは!と陸軍は許可しなかった。
陸軍との交渉の結果、妥協案として司令部庁舎を市民の力で新築し、陸軍に寄付すること、そして本丸の再建と公園として一部を市民に開放することで許可を得た。
商業の府、大阪は財界にも市民にも財力があった。そして、何より太閤さん難波のシンボルとして、大阪城の再建を望んだ。
今の貨幣価値だと数百億とも言われている金額150万円を寄付で集める。そのうち、軍関係の司令部省庁建設に約80万円を費やしたと言うから如何に豪華な造り、また如何に陸軍が力を持っていたかが伺われる。因みに天守閣の再建には約47万円と言われている。

外見から見た大阪城は5層となる。 その煽りを受けてか その壁は白い壁( 下の4層 )と黒い壁(  最上階 )と上下で分かれている。これも徳川の城作りと豊臣の城作りのハイブリッドのなせる業である。
「最上階(5階)だけが黒い壁に金の装飾という豊臣時代の豪壮絢爛な風合いを残している。

皮肉なことに、旧司令部庁舎は昭和期初期の贅を尽くした洋式建設としてその価を残す。
きわめて高い意匠的・歴史的価値、国の登録有形文化財にも指定されている。
・重厚な大理石の「中央大階段」と半円アーチ
・階段踊り場の「ステンドグラス」と丸窓
・天井の漆喰装飾とアール・デコ風の照明
・旧・貴賓室

今更ながら、「知る」は大事! 11月7日は「知恵の日」。「知恵蔵」が発行された日だと言う。

「知恵蔵(ちえぞう)」とは、1989年に発行された代表的な現代用語事典がある。
政治、経済、国際、サイエンスなど多岐にわたる分野の最新用語や基本用語を分かりやすく解説していた。その主筆者も、内容が充実していたので何度か購入したことがある。
11月7日その日の持つ意味について、 今回の散策で改めて認識した。

One thought on “いまさらながら、「知る」は大事!

コメントを残す