三人の財界巨人 その4 藤田伝三郎③

 山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年5月 トピックス】

◆先祖は小野妹子

先祖を辿っていくと小野妹子に辿り着くという話もある。

小野妹子の出は近江の国(滋賀県)小野村。

推古天皇治世下、聖徳太子がしたためた「日出づる処の天子、書を没する処の天子に致す。恙なきや」との国書を抱いて隋に渡った遣隋使、今でいう外交官だ。

◆父は醸造屋ながら勉強家、それに慈悲深い母

時代が下る。

伝三郎の父・藤田半右衛門は下松で酒や醬油を創る醸造屋を営んでいた。

事業の方は熱心で、意欲的だった。

しかし、下松の老舗で安住することを良しとせず、都・萩城下に出て酒造家に奉公、そこの娘を娶って萩で酒造業を営む。

また父半右衛門は相当な勉強家だったという。

商売の傍ら儒教の経典・四書五経を学び、店の若手を集めて講義をし、自ら講義の中身を実践していたらしい。

熱心な仏教徒でもあったようだ。高野山で三年修行したとされる。

情に篤く、困った者がいれば、施しを為した。

情に篤いのは伝三郎の母も同様だ。

母は父に輪をかけるほど仏教に帰依した慈悲深い御仁で、恵まれない者、貧乏な者、孤独な者に施しを与え、施しを受けた者は母の施しに感涙したという。

◆萩で生まれた伝三郎

伝三郎は天保12年(1841年)萩で生まれた。

同年の生まれには伊藤博文がいる。

前年には渋沢栄一が生まれ、翌年には伊藤忠兵衛が生まれている。

また、長州の系譜でいえば、山県有朋の3歳年下、高杉晋作の2歳年下にあたる。

藤田家の四人兄弟のうちの四男。ただし長男・卯一郎は早逝(早世)している。

◆幼少時の学び

伝三郎は幼少時、城下の塾に入って漢学を修め、地元で名のある師の下で儒教を学んでいる。

伝三郎は勉強熱心な父の下で育ち、幼少時に読んだ本の名前が記録に残っている。

・『日本外史』頼山陽著(源平2氏から徳川氏までの武家盛衰史)

・『日本政記』頼山陽著(江戸後期の歴史書。神武天皇から後陽成天皇までの歴史を漢文の編年体での記述本)

・『靖献遺言(せいけんいげん)』浅見絅斎著(中国の忠臣義士の行状について記した書)

・『荀子』(性悪説。人間の本質は悪であるので、礼の理念を体得した聖人によって国家が統治されることが肝要と説く)

・『孟子』(性善説。あらゆる人に「善の兆し」が先天的に備わっていると説く)

『戦国策』(古代中国・戦国時代の権謀術数の記録を編集した書籍)

◆松下村塾と伝三郎

伝三郎が16歳の時、萩郊外の松本村では松陰の松下村塾が最盛期を迎えていたが、商家の系譜である藤田伝三郎は松陰には学ばなかった。これは松陰には武家社会につながる者が多く、また松陰が「国事犯」とされたからだ。

つづく

(学23期kz)

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