山口大学経済学部同窓会
鳳陽会東京支部
【2026年5月 トピックス】
◆4年前に脳梗塞で倒れ、残念ながら身体障害者、要介護5となった妻は、平均年齢が20歳以上も人生の先輩方々の中に混じり、介護付き老人ホームにひとりで居住する。
以来、炊事、洗濯等の家事は私ひとりで行うのが日課となった。慣れてきたとは言え、毎日のメニューを考えることが如何に大変かと思うようになった。以前よく妻に今夕は何が食べたいと訊かれ、私の「なんでもいい」という返事は随分妻に嫌がられたものだった。妻の苦労、そして世の奥方のご苦労が理解できるようになった。妻に感謝、そして洗濯物をことごとく乾かしてくれるお日様に感謝する毎日である。
◆そんなルーティーンの毎日、ふと昔の思い出が蘇ることがある。
洗濯物を干しながら、ザルツブルグ(オーストリア)の丘から一望できる市内の景色を思い浮かべていた。
1990年、当時赴任地であったベルギーから休暇で家族と共に車でオーストリアを旅行したことがある。
ザルツブルグでは、モーツァルトの生家やザルツブルグ祝祭大劇場(Große Festspielhaus)を訪問。
ザルツブルグ祝祭大劇場は、映画「サウンドオブミュージック」の舞台にもなった劇場である。
劇場正面玄関には、正に今から劇場に入場しようとするタキシードやロングドレスで美しく豪華に着飾った観客が多数いた。その景色が珍しく、それを一目見ようと道路を挟んだ反対側に、黒山のような人だかりが何かしら可笑しかった。ヨーロッパ社会のminorityの文化の一面を見た気分で、こんな世界の存在に嫉妬心さえ感じながら、自分達もその黒山の一部であった。
◆そのまさか翌年1991年8月5日に妻と一緒に同じ場所に行くとは想像だにしなかった。
当時、オーストリア大手企業のO社グループと本社(当時勤務先)経営陣との間で、取引関係を新規に構築しようとの動きがあり、幸いなことに私の取り組み案件が新規取引第一号となった。そのO社グループからご褒美として私に夫婦でザルツブルグにて開催されるモーツァルトの生誕200周年記念のオペラ鑑賞への招待状を頂いた。
早速本社に報告すると同時に、私個人として初めてのオペラ鑑賞となるため、先輩社員に相談したところ、オペラ鑑賞はタキシードがMUST、オペラは必ず眠くなるから、事前にオペラの題目を訊いて内容を勉強してから本番に臨んだ方がよいとのアドバイスがあった。
題目は、「クレタの王イドメネオ」(モーツアルトが1781年に作曲したイタリア語のオペラ・セリア)、関連オペラ資料写しを入手し、第3幕までの内容を予習。
一方、私自身タキシードは持ってなかったので、O社担当役員G氏に相談するとタキシードまでは不要でダークスーツでOKとのことなので、ダークスーツを新着した。当日G氏はしっかりとタキシードを着ていたので、やはりタキシードであったかと反省することしきり…。
◆ザルツブルグに妻と到着すると、G氏が出迎えに来られ、彼の車で宿泊するホテルへと向かった。宿泊したホテルは、ザルツブルグの丘よりさらに標高の高い所にある意外にこじんまりとしたホテルで、宿泊部屋はさほどなくせいぜい20部屋程度か…。
ロビー内に入ると、過去にこのホテルに宿泊したらしいサッチャー首相と、ニクソン大統領の大きな写真が掲げられていた。日本の政治家や有名人の写真がなかったのが残念だった。
その後、G氏と仕事の打ち合わせを(妻はG氏の妻とダウンタウンで買い物に)、テラスで行った。
ザルツブルグの街並みが眼下に小さく見え、遠くにはアルプスの山々が一望でき、思わず声を上げたくなるような絶景。 素晴らしい景色に圧倒され仕事への緊張感が薄れ、集中力が失われそうな時、突然我々の後ろの席から日本語が聞こえてきた。振り返ると小澤征爾さんと奥様(入江美樹さん)であった。どうしてはるばるこんな場所まで小澤征爾さんが…と思ったが、このホテルは知る人ぞ知る有名な場所なのだろうと納得した。
◆夕刻になり、G氏夫妻と共に、ザルツブルグ祝祭大劇場へと向かった。1年前には黒山の観光客集団の一部であった我々は、今度は反対側の劇場正面の入り口に、観客の一部として立っている…
居心地は悪くなかった。
この日のために新調したダークスーツであったが、やはりタキシードを新調すべきであった。
O社が準備してくださった観客席の正面中段の特等席で、O社役員夫妻と共に観劇開始。
舞台下にスポットライトが当たり、突然、指揮者の小澤征爾がライトに照らされて出現し、小澤征爾さんがつい先ほどホテル内で隣にいた背景に納得。
オペラは1度の休憩を挟み、約3時間近くに亘った。
休憩時間には観客が一斉にロビーへと繰り出し、まるでカンヌ映画祭授賞式のように着飾った観客が、シャンパンを片手に集った。
オペラは途中で眠くなるものと聞いていて、集中力が途切れないようにしっかりと予習をしていたが、
流石に最終第3幕になると睡魔との闘いであった。かろうじて耐えたのは空腹のせいだったような…。
◆オペラが終わり、G氏の車で宿泊ホテルのレストランへ行くという。
レストランに到着し、食事を開始したのが夜の10時過ぎであった。其の間にも次々とお客が到着し、
時折、拍手や歓声が沸くので何か訊くと、つい先ほどまでオペラ舞台で歌っていた主人公、役者達とのことであった。
何もかもが夢のようなザルツブルグでの思い出である。
(学23期 倉田一平)



