三人の財界巨人 その26 久原房之介⑬

山口大学経済学部同窓会

鳳陽会東京支部

【2026年11月 トピックス】

◆自慢の邸宅

富豪たちは豪邸を建てる。久原房之介も大阪、神戸、東京などに邸宅を建て、拡張した業務に応じて居所を変えている。

◆神戸・住吉

神戸の「久原住吉本邸」は明治41年に竣工、昭和3年頃まで住んでいたという。


神戸の住吉地区は富豪が多く住んだ。

果樹園、病院のほか発電所も建てられ、家族の幼子たちのために敷地にレールを敷いて小さな本物の蒸気機関車を走らせた。また、鉱山の技術を生かしてトンネルを掘り、川の上流の涼風が自宅に入り込むような工夫もしている。

◆東京・白金

しかし、永く住んだのは東京の白金だ。

昭和3年以降、房之介は閣僚となったことから国会関係の仕事が増え、神戸から東京に拠点を移し、白金で寝泊まりすることになったからだ。

白金の土地は事業が好調だった大正4(1915)年に購入している。

もともと、この地は旗本で、「天下のご意見番」大久保彦左衛門の屋敷だったが、島津藩の抱え屋敷となり、明治の初めには渋沢栄一の従兄で、一時は彰義隊の頭取にもなった渋沢喜作(成一郎)の手に渡ったところだ。

購入を決めたきっかけは一本の松の木だったという。

房之介はこの松に惚れ込み、即刻購入している。

購入後、全国から名木や名石を集めて庭園の拡張・整備を行い、四方八方、どこから見ても美しい庭園として、自ら「八芳園」と命名した。

房之介は95歳で没するが、息を引き取ったのもこの地、白金だ。

庭園の一部は、料亭として活用されており、令和4(2022)年には米国バイデン大統領と岸田首相の会食会場として使われた。

(学23期kz)

旧久原邸(神戸市住吉川東岸)
八芳園
八芳園 「壺中庵」

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