松永支部長 語る

山口大学経済学部同窓会、鳳陽会東京支部の松永昭博支部長(学21期)に山口の青春時代や支部活動の課題などを聞いた。

―山口大学経済学部を志望したのは

「私は北九州市出身です。父親から旧制山口高商の伝統を受け継ぐ山大経済をすすめられ、受験しました。高校3年の春、初めて亀山校舎を訪れ、格調高い本館と講堂、そして亀山のザビエル教会が印象に残りました」

―学生時代は

「1960年代末期、大学闘争が盛んで、ストライキが決行されました。4月に入学したが、長期間、講義はありませんでした。卓球部に入り、アルバイト。鮮魚店やレストランなどで働いた。平川からリヤカーを引いて大殿大路まで引っ越した。下宿に友人が集まって大騒ぎの日々です。永倉ゼミ(株式会社法)でしたが、大学にはあまり行かなかった。学究とは程遠い生活でした。ただ、司馬遼太郎や三島由紀夫などの本はよく読みました。また、萩や津和野にもよく行きました」

―山口の好きなところは

「一の坂川が流れる後河原です。春の桜、初夏のホタル、一年中、素晴らしい。そして瑠璃光寺の五重塔。毎日のように通って池のほとりに座っていました。コンパをやった惣野旅館も思い出深い。女将さんと親しくなり、大学卒業後も行きましたね。一八のおでん、蛇の目寿司のカツ丼もなつかしい。山口は学生を大事にしてくれました」

―社会人としての歩みは

「大学掲示板を見て日立金属の面接を受け、入社しました。初任地は戸畑工場でした。その後、輸出部門へ。ドイツ、米国で18年間、海外勤務を続けました。企業買収や工場建設などの仕事を担当。東京本社に戻って役員に就任しました。40年間、いい会社人生でした」

―支部長就任について

「海外勤務が長く、鳳陽会活動にほとんど参加できなかった。だからこそ、同窓会への思いは強い。東京に戻ってから、大学時代の仲間との交流を再開、支部活動に参加するようになりました。上田精一前支部長(学19)から声がかかり、後任を引き受けることにしました」

―東京支部の課題は

 「会員が減少しています。若い会員の動向をつかむことが困難になっている。また、支部財政は赤字が続いています。支部会費(年5千円)が支部活動の財源です。今年度は9月末で300人を超す方々が会費を納めてくれました。さらに、10月末、発行した会報【東京鳳陽】で会費納入を呼びかけたところ、大きな反響があり、続々と会費や寄付金の入金がありました。ありがとうございます。

今年は新型コロナウイルスの影響で、6月開催予定の全国総会、支部総会などが中止となりました。支部総会は年に1度、同窓生が集まって交流。鳳陽寮歌や山都逍遥歌を元気に歌って、来年の再会を誓う大切な場です。中止となって残念でした。また、外出自粛で、気力、体力が落ちている会員がいらっしゃるのではないか・・・。心配しています」

―支部会員へ伝えたいこと

 「山口大学経済学部を卒業したからこそ、私たちは首都圏で就職し、生活の基盤を築くことができた。山大経済が私たちの共通のスタート地点です。学生時代には、楽しい思い出がいっぱいある。その縁を大事にして、みなさん、同窓会活動に参加しようではありませんか。切にお願いします」